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1イニングのエース  作者: 冬野俊
挑戦への第一歩
4/171

防御率

森国は宣言した通り、フルマラソンを決行した。グラウンドから近くにある川の堤防沿いをずっと北上していき、途中で折り返してグラウンドに戻ってくるコースだ。


もちろん二軍落ちを言い渡された選手は本当にファーム行きとなった。それを見たからか、他の選手たちは心の奥底では不満があったとしても口に出そうとはしなかった。


「ほら、早く走れ」


そう声を掛けるのは森国本人だ。一番最後方にぴったりと着きながら、選手たちにハッパを掛けているのだが、その一番最後の選手は栃谷だった。


栃谷はプロ三年目になる。高卒選手としてドラフト5位で入団し、将来の四番として期待されていた長距離バッターだ。


ただ、いかんせん、太い。確かにバットに当たればボールは飛ぶ。だが、体重は入団時から増え続けており、今では100キロを超えるのではないだろうか。その肥満によって、スムーズなスイングが出来なくなっていることは明らかだった。


「す、すいません。か、身体がしんどいです」


「それなら走るのを止めてもいい。だが、その瞬間に二軍行きだぞ」


汗をダラダラと流している栃谷は一旦、足を止めようとしたが、身体をぶるっと震わせ、慌ててまたペースを上げた。


森国は微笑みながら栃谷の背中を叩いた。


「そうだ、お前は四番になるんだろう。こんなところで足踏みしてる暇はないもんな」


そう言うと、栃谷の監視をコーチに任せ、森国はペースを上げた。




チームの先頭を走っていたのは相沢と坂之上だった。

坂之上は息を切らしている様子は無かったが、相沢もまた淡々とした表情でペースを守っていた。


「草野球のエースだったんだって?」

坂之上が前を見据えながら質問をする。

「ええ、そうです」

「勝率はどのくらいだった?」

相沢は照れ臭そうに頭を掻きながら告白する。

「恐らく1割くらいでしょうか?」

「1割?って事は10試合やって1勝できるかどうかっとてとこか?」

「はは、お恥ずかしい話です」

「でも、それなら何だって監督はお前を入団させたんだろうな」

「それは、こっちが聞きたいくらいですよ。別に甲子園に行った経験がある訳でもないし、大学時代は軟式でしたしね」

「それにしても、体力はあるじゃないか。俺についてきているだけでも大したもんだ」

「まあ、いつもこれくらいは走ってますから」

「そうなのか?健康のために?」

相沢は少し困ったように答える。

「うーん、何というか、基礎体力をつける為でしょうかね。日頃から鍛えておかないと、毎日試合がありましたから」

あまりにも自然に答える相沢に対し、坂之上は危うく聞き逃しそうになった。

「へぇ。なるほどね。毎日ね。うんうん。うん?ちょ、ちょっと待て。お前って毎日試合で投げてたのか?」

相沢は申し訳なさそうに頷く。

「そうですよ。助っ人でいろんなチームから依頼があったんで毎日でしたね。平日はナイターで、休日は日によっては二試合とか。まあ、草野球ですから」

坂之上は奇妙な感覚に襲われた。勝率が1割の投手に何故、そこまで助っ人に来て欲しいと思うのだろうか。

「何故だ」

考え込む坂之上は思わず独り言のように口走っていた。

「助っ人でしょ?最初は俺も不思議だったんですけど、理由を聞いてみると、まあ、他の投手だと試合自体が成り立たないんだそうです」

「何故、試合が成り立たないんだ?」

「エラーが多すぎて、助っ人を頼んでも、誰も最後まで投げてくれないチームが多かったんですよ。いつの間にかそういうチームの専門の助っ人になってました。でも、俺は意地でも最後まで投げないと気が済まないタイプだったんで」


坂之上は納得した。野球で勝つために少なからずチーム力は必要だ。どんなにいい投手でも守備が不安定ならば隙ができる。


「一つ聞いていいか?」

「ええどうぞ」

相沢は変わらず涼しい顔で走り続けている。

「お前さ、防御率は?」

エラーが絡めば失点にはなるが自責点にはならない。防御率は自責点で計算できるが、純粋に相沢が自分の責任で走者を出し、取られた点数はどれくらいなのか。

「防御率ですか。あんまり計算したことないんですけどね。多分、0.10ぐらいじゃないですか?分かんないですけど」

坂之上は驚愕した。いくら草野球とはいえ、その数字はかなり優れている。単純計算で10試合投げて取られるのは1点のみという形になる。

「なるほどな」

坂之上は、もうそれ以上訊かなかった。相沢がどうしてそのような数字を残せるのか、それには必ず理由がある。そして森国もそこを評価したはずだ。

それならば見せてもらおうじゃないか。これからのシーズンでゆっくりと。坂之上は僅かに笑みを浮かべながら少しだけ前に進んでいた相沢の背中を頼もしげに眺めていた。

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