ウィル加入
翌日。
相沢と栃谷が球場へ着くと、そこに一台のタクシーが止まっていた。
「サンキュー、サンキュー」
タクシーから降りてきたのは長身の白人だった。身長は190センチを超えているだろう。服装は清潔感に溢れており、白いシャツにシルバーのネックレス、ベージュのチノパン。サングラスをして、髪はグレーとゴールドが混ざったくらいの、外国人にしては比較的落ち着いて見える色だった。
相沢は、前日に森国から聞いていた新外国人の事を思い出す。
「ああ、栃谷君、多分あの人、新しいチームメートだよ」
栃谷が相沢の言葉を受けて「そうなんですか?挨拶しに行きましょう」と近寄っていった。相沢もその後に続く。
球場の入り口をキョロキョロと探している外国人。
「あの、新しくレッドスターズに来た選手の方ですか?」
栃谷が声を掛けると、外国人の顔はぱあっと明るくなり、「オー、ソウデス。ウィルトイイマス。レッドスターズノヒトデスカ?」と栃谷を抱き寄せた。
栃谷が返事をする間も無く一度ハグをすると、相沢にもハグを求めてくる。
近くで見ると、やはり、身長はかなり高い。森国の話では投手だという事だったが、この長身から速球を投げ下ろされれば、威圧感も相まって相当に打ちづらいだろう。
相沢は「マイネーム、イズ、アイザワ。ナイストゥーミーチュー」とぎこちない英語で歓迎したが、ウィルも「ドウカヨロシクオネガイイタシマス」と、こちらもぎこちない日本語で返答した。
二人はウィルを球場のロッカールームへと案内すると、すでに森国が来ていた。
「監督、新しい投手の柱が来ましたよ」
相沢がそう告げると、森国は苦笑いを浮かべながら、「おお、案内してくれたのか。ありがとな」とウィルに近づく。
「カントクサン、ドウカヨロシクオネガイイタシマス」
その声はやはり相沢たちと話していた時よりも小さかった。
表情は少し戸惑っているような、好きな人を前に緊張しているような、そんな様子だった。
森国はウィルの気持ちを知っていたが、他の選手と同じように接しようと決めていたため、「ああ、よろしく頼むぞ」と、自然な態度でウィルと固い握手を交わした。
ウィルはその森国の手に触れられたことが何より嬉しかったらしく「オオ、パワーガミナギリマシタ!」と喜びを表した。
「監督、これからウィルが先発の時には、毎回握手して、パワーをあげてください」と相沢が言う。森国は「そ、そうだな」と答えながら、再び苦笑いを浮かべた。
事情を知らない栃谷は「そうですよ!たくさんパワーあげてくださいよ!」と相沢の提案に賛同していた。
ウィルは右のオーバースローで、本格派の投手だった。この日の先発は坂之上。ウィルは来日したばかりだったため、この日は球場内のブルペンで投げ込みだけを行うことになった。
投球練習場では森国と相沢が顔を揃えていた。
ピッチャープレートの上に立ったウィルは、先ほどの穏やかな表情ではなく、もはや一流選手の真剣な顔つきへと変わっていた。
振りかぶった後、大きく左の太ももを胸元に引き寄せ、大きな動作でボールを放つ。
シュッと音を放ち、ボールが進むと、ミットに届いた時には「ドォォォン」という重い音が響いた。
「元々はメジャーでの経験もあるし、このボールは必ずチームの戦力になるな」と森国は期待を膨らませる。
ローテーションの軸は固まりつつあった。基本的に軸となる三本柱がいれば、投手の計算はある程度できる。坂之上、藤堂、ウィル。さらには相沢も揃っており、この組み合わせでかなりの選択肢の幅が広がった。
あとは…。
「か、監督」
慌てている相沢の声に、森国は咄嗟に反応する。
相沢の視線を追うと、投球練習をしていたウィルが、森国に何度もウインクをしていた。
あとは…、この事についてはっきりとウィルに伝えなければならない。
「ウィル、あの、なんだ」
「ハイ?カントクサン、ドーシマシタカ?」
「あのだな、ひとつ言っておきたいんだが」
「ア、ハイ。ワタシ、ナニカダメナコトシマシタカ?」
「いや、悪いことではないんだ。あの、ウィルは確か俺のことが好きになったんだよな?」
「ア、ハイ、スゴクアイシテマス」
「あ、気持ちはありがたいんだ。凄くありがたいんだよ。ただな、俺は結婚をしていてだな…」
「ア、ハイ、ソレモワカッテマス。ダカラ、ワガママイイマセン。イッショナ、チームナダケデ、ワタシ、シアワセデスカラ」
「そ、そうか。分かってくれているなら良いんだよ。それじゃ今シーズン、期待してるからな」
ウィルはやはり、何度も森国にウインクを送っている。
「モテますね、監督」
相沢が冷やかすと、森国はかすかに微笑みながら「相沢、試合後にノック百本な」と、歯を噛み締めながらそう、答えた。




