次なる不安
「それにしても、あの球は驚いたよ。まさか、あれほど球威があるとは。変化球もスライダーとスプリットは申し分ない」
森国は試合が終わっても、しばらくベンチに残り、そう相沢に笑顔を向けた。ローテーションの一人が確保できたのだ。森国の安堵感は大きいはずだった。
「まあ、藤堂君は努力家ですから」
「相沢はどうなんだ?あそこまで良いボールを投げられると勘付いていたのか?」
相沢は「ええ」と肯定する。
「実は、これまでの藤堂君の行動についてもできる範囲で調べたんですけどね、これまで試合後は彼、行方不明だったじゃないですか?その時、藤堂君は繁華街で遊んでたりしていたわけではないんですよ」
「それじゃあ、どこに?」
「彼は自分の知り合いのトレーナーの自宅で、左肩のケアをしたり、スポーツジムに通って筋トレをしたりしてたみたいです。それを聞いて、『きっと藤堂君は左で投げる事を諦めてはないんじゃないかな?』って思いまして」
「お前は凄いよ」
「いえいえ、それほどでもないですよ」
「ただな…」
相沢にはその先の言葉が予想できていた。
「チームの統率を乱すな、でしょ?」
森国はその時だけ表情を引き締めて頷き、相沢に理解を求める。
「分かりました。ただ、チームの体制は整いつつありますし、もう、こう行った行動はしないようにしますから」
相沢の言葉には恐ろしいほどに、重みがなかった。もし、また何かあれば相沢は単独行動を行うだろう。「もうしない」とは言っているが、森国もその言葉を心から間に受けて訳ではなかった。
「まあ、チームのためにやっている事だろうし、他の選手から不満が出なければこちらである程度は抑えるが。まあ、あんまり暴走はしないでくれよ」
「はい、分かりました」
「まあ、これでローテーションのうち二人は確定だな。坂之上と藤堂。あとは三、四人欲しいところだが…」
「そう言えば新外国人はいつ来るんですか?」
相沢が森国から聞いた話では、そろそろ外国人の新加入選手が合流するとのことだった。
「ああ、そいつなら明日から合流する予定だ。ただ、大丈夫かなあ」
「大丈夫って、何がです?」
これまでレッドスターズには色々な障害があった。栃谷、鮫島、藤堂に関することで、この数週間は、相沢も選手ではなくスカウトのように全国各地を行き来し、練習もやはり不足気味ではあった。
そこにきて、森国の外国人に対する『不安』の登場である。
一体、何が問題なのだろう。
「いやな、まあ…率直に言えば…」
「歯切れが悪いですね、ズバッと言ってくださいよ」
「そ、そうか、それじゃあ、ズバッと言うぞ。この前、顔を合わせた時、少し話したんだよな」
「ええ」
「そうしたら、声が聞こえねえんだわ」
「どうゆうことです?」
「声が小さすぎて聞こえねえんだ」
「それは、先天的なものですか?」
「いや、それが恥ずかしいって…」
「はあ?言っている意味がよく分からないんですが」
「ま、まあ、そうだろうな。なあ、相沢、落ち着いて聞けよ。これは絶対に誰にも言わないで欲しい」
「もう、絶対に言いませんから、早く言ってください!」
「わ、分かった、言う、言うよ。その外国人選手、ウィルって言うんだがな、そいつがさ………俺の事をさ……好きになったって…」
「好き?良いじゃないですか!監督は男性ファンも結構多いし、俺も好きですけど」
「いや、それがな、違うんだ」
「何が違うんです?」
「ウィルは…ゲイなんだ…。そして、俺に一目惚れしたって」
相沢は状況がしばらく理解できずに、そのままの姿勢で思考が停止した。
「相沢、どうしたら良い?」
相沢は止まったままだ。
「おい、相沢、どうした?」
ハッと我に帰った相沢は「あ、ああ、すいません。思考が追いつきません」とだけ言って、また思考をストップさせた。




