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1イニングのエース  作者: 冬野俊
挑戦への第一歩
33/171

賭け 3

球場内がざわついていたのは無理もない。


それまで右上手の投手だった選手が、急遽左投げで登場し、スタジアムを静寂に包むほどの豪速球を投げたのだから。



スコアボードに表示されている球速は常時、145キロを超えている。


無死一、二塁のピンチではあったが、藤堂にはもう、打たれる気配は感じられなかった。



「ットーライッ!バッターアウッ!」



三球三振でワンナウト目を取り、次の打者を迎える。ここで、藤堂は一つの賭けに出る。



少年野球時代の藤堂は、尼崎の方針で変化球を投げていなかった。それは、藤堂に限ったことではなく、身体がまだ出来上がっていない小学生の段階で、変化球を投げさせるのは肘や肩に負担が掛かるのではという考えからだった。



そう、藤堂はこれまで左投げで変化球を投げたことがない。


もちろん、これまでイメージトレーニングはしてきていた。右腕で投げられるのは、カーブ、スライダー、チェンジアップ、スプリットフィンガーファーストボール。その変化球をそれぞれ左で投げるイメージをして、シャドウピッチングをしてきた。


だからと言って、実戦でいきなり投げて成功するのか。その確率は低いだろう。


それでも藤堂は投げたかった。


左の直球は自分の想像以上のボールだった。だが、ストレートだけではプロの打線は絶対に抑えられない。出来ればシーズン開幕前に、自分がどれだけの変化球を投げられるのかを確認しておきたかった。



何より、どんなボールを投げられるのか、一番見てみたかったのは藤堂自身だったのかもしれない。



一番最初に選んだのはスライダー。捕手は直球のサインだが、藤堂は首を振りそれを拒否する。



次に出されたスライダーのサインに頷き、セットポジションでモーションに入る。



頭の中で描いてきたイメージを動きに重ねる。真ん中から右打者の内角をえぐるような軌道がベスト。ボールを離す瞬間に切るような感覚でリリースする。



ボールは想像していたコースと寸分の狂いなく捕手のミットに収まった。




「うおっしゃあああぁ!」




藤堂は吠えた。




三振を奪ったわけでもなく、変化球が一球決まっただけだ。それでも、藤堂にはその一球がとてつもなく大きな意味を込めた一球だった。



藤堂はその日、六回を投げて被安打3、無失点で登板を終えた。



先発ローテーションの柱となる左腕投手が一人、長い長い苦悩を経て、ここに名乗りを上げたのだった。


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