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1イニングのエース  作者: 冬野俊
挑戦への第一歩
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ローテーション

二月も中旬にさしかかり、レッドスターズのキャンプは佳境を迎えていた。短期間ではあったものの、その過酷な内容ゆえ、選手たちがそれなりの精神力を鍛えられたことは森国にとって想定通りの結果だった。



確かに地獄の日々だった。これまでの例年のキャンプを体験してきた森国自身が、入団以来最も過酷な内容だったと断言できるほどだ。練習では特に変わったことをしたわけではない。とにかく走った。フルマラソンはもちろん、砂浜でのダッシュ、坂や階段のアップダウン、昔ながらのタイヤ引き、ウサギ跳び。ありとあらゆるメニューで下半身を苛め抜いた。


「古くさい」と言われるかもしれない。だが、今のレッドスターズには、一昔前で言う「根性」のようなものが明らかに欠けていた。それは「プロとしてのプライド」と言っても良いかもしれない。「危機感」とも表現できるかもしれない。とにかく、心構えの部分で他チームよりも劣っていると森国は結論を出した。


プロは結果を求められる。もしもその日は結果を出せなかったとしても、「見に来て良かった」「また見に来よう」と思われるほどの、ファンを惹きつけるプレーが出来なければ、ファンはさらに減り、チームの経営も悪化し、選手たちは自分で己の首を絞めてしまうという状況にもなり兼ねない。


そして、特訓の成果を披露する場が間近にせまってきた。そう、オープン戦だ。二月の下旬から三月の下旬まで各チームでは、シーズン開幕の一軍選手を絞るための参考材料として試合を戦う。



この日、森国はホテルの自室で、チームの選手たちのデータと睨めっこをしていた。森国の頭を悩ませていたのは先発のローテーションだ。


坂之上に関しては、昨年の肘の故障はそこまで重いものではなかった。シーズン後半は二軍での調整となっていたが痛みもかなり回復し、今シーズンには問題なくローテーション入り出来るだろう。だが、他に最低でも四人は固定できる先発が欲しい。


左オーバースローで三年目の友家ともいえ、同じく左上手で五年目の鹿野しかのは、今回の一軍キャンプでも最後まで脱落せずに残ったが、友家は制球に、鹿野はスタミナに不安がある。このキャンプでどれだけ変わったかを見極める必要がある。


一人はオープン戦直前から加わる新外国人の右腕。こちらはアメリカの3Aから獲得したが、日本の野球にどれだけ適合できるかが鍵だろう。


候補としてはこの三人だが、ローテーションの合格ラインに入るかどうかはオープン戦の出来を見てからということになるだろう。


「少なくともあと一人か」


昨年のシーズンは投手陣が崩壊した。若手は経験が足りない上に、試合での勝ち方もほとんど学べないまま、試合だけが積み重ねられていった。獲得した外国人は不調でシーズン途中でクビ。さらに坂之上まで離脱した。


そう考えるとローテーションだけでなく、あと数人は投手を確保しておきたい。


相沢に関してはすでに起用法は決まっている。


「と、なると、あいつがどうしても必要になるか…」


森国は十数分悩んだ挙句、二軍監督の村瀬に電話をした。


村瀬は携帯電話の向こう側で言葉を詰まらせた。


『えっ…。も、森国さん、本気で言ってるんですか?』


「ああ、今シーズンはもはや、背に腹は変えられない状況になっている。どうしてもあいつが必要になる」


『で、でもあいつは…』


「ああ、分かってる。ただ、俺も馬鹿じゃない。あいつには今シーズンに全てを賭けてもらう」


『どういうことですか?』


「まあ、あいつに関してはこちらに任せてくれ。俺からオーナーにも話はしておく」


村瀬は森国の言葉に『分かりました』と言って電話を切った。


「まあ、一か八か…だな」


森国は渋い表情でそう呟いた。

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