頼みの綱
本社で整理部員との打ち合わせをしていた東洋スポーツの吉村の携帯が鳴ったのは午後三時を回った頃だった。
電話の主はレッドスターズの監督である森国だった。
「はい、吉村です」
「吉村さん、急な電話で申し訳ない。うちの広報から番号を聞いてかけさせてもらった。実は、一つ頼みたいことがあるんだ」
「頼みたいことですか?」
森国は覚悟していた。この事を頼むとしたら、事件の概要をある程度は話さなければならない。しかし、もう頼みの綱は吉村しかいなかった。
「ああ、実は…うちの選手が野球賭博に関わっている事が分かった」
吉村の心臓がドクンと鳴る。
記者という仕事をしていると、特ダネに繋がりそうな端緒を掴むと身体が正直に反応する。この時の吉村もそうだった。
「賭博…ですか?」
「ああ。野球賭博だ。うちの番記者をやっていてチーム事情に詳しく、信頼できる記者は吉村さんしか思いつかなかった。だからこそこの頼みを聞いてもらいたい」
「その頼みというのは?」
「率直に言うと関わったのは五十嵐なんだ」
吉村も五十嵐とは比較的話す事が多かった。温厚で、インタビューの受け答えも丁寧。「まさか」と口走ったが、森国は「本当なんだ」と答えた。
「それで、頼みというのは五十嵐がどうして野球賭博に関わったか、胴元は誰なのか。裏にいるのはもしかしたら暴力団とかかもしれない。本当は五十嵐に聞くべきなんだが、本人は一切喋ろうとしないんだ。一度調べてみてもらえないか?」
「監督、もしそれで私が調べて出てきた事は、すぐさま記事にしますが、良いんですか?」
記者というものは掴んだ特ダネを書かずにはおれない。自分で調べて辿り着いた情報なら尚更だ。
それでも森国は「構わない。こちらとしてはなるべく早くに事実を明らかにして、五十嵐をどうするかを考えなければならないので」と了承した。
吉村は「それならば」と森国の頼みを受け入れた。
電話を切ると、吉村はこの日の試合の取材を後輩に頼み、急いで本社を飛び出していった。
「とにかく、五十嵐が野球賭博に関わったという裏を取りたい」
吉村はそう考えながら、車に乗り込んだ。




