黙秘
球団事務所に戻った森国は五十嵐と相対して座っていた。
「五十嵐、何故お前を呼んだか、分かるか?」
五十嵐は項垂れたまま、顔を上げようとはしない。
元々、五十嵐は球団内でも真面目な人柄だった。淡々と練習をこなし、愚痴も言わない。ただ、元来の気の弱さが欠点だった。
投手という生き物はプライドの塊である。負けず嫌いで、マウンド上では打者に絶対に負けたくない。そのような性格だからこそ、大観衆の前で100%の力が出し切れるのだ。
だが、五十嵐はどうしても気が弱い。ボールは良いものを持っているのだが、勝負の場面では何故か気迫負けし、制球が甘くなる傾向にあった。
森国が抱いたのは、何故この気の弱い五十嵐が野球賭博に関与したのかという事だった。
「五十嵐、お前…野球賭博に関わったのか?」
五十嵐はようやく顔を上げようとしたが、それでもまだ目線は前のテーブルまでで、森国の顔を見てはいなかった。
「はい。申し訳ありません」
声がわずかに震えていた。
「八百長に関しては?」
五十嵐はそれに関しては否定し、首を横にブルブルと振っていた。
「それじゃ経緯を話してほしい」
森国の言葉に五十嵐はピクリと反応はしたが、口は開かなかった。
「おい、どうしたんだ?何も言わなきゃこちらとしても、対処のしようが無いんだ。話してみろ」
「すいません。話せません」
「何故だ?」
「それも言えません」
森国は首を捻った。
「どうしたものか」と考えたが、今は五十嵐も感情の起伏が激しくなっている。少し落ち着かせてからあらためて事情を聞くことにしたのだった。




