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1イニングのエース  作者: 冬野俊
挑戦への第一歩
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理由

「相沢さん、ちょっとヤバいんじゃないですか?この前の件で、ただでさえ監督は怒ってたのに。これじゃあ、クビになってもおかしくないかもですよ」


栃谷は肩を落としながら、地面に向かってそう零す。

並んで歩いている相沢はその栃谷の肩にポンと叩いた。

「大丈夫だよ。何かあったら僕が責任を取るからさ。栃谷君も鮫島君も僕に無理やり連れ出されたって言えば良いよ」


相沢の右側には鮫島が空を見上げながら歩を進めているが、こちらは抜け出したことに罪悪感など微塵も感じていないようだった。


相沢が前、栃谷が下、鮫島が上。全員が全く違う方向を向きながら歩いている。相沢は特に、栃谷と鮫島の様子の違いに思わず吹き出しそうになる。


「それで、相沢さん。俺を一緒に引っ張って来て何するんですか?」


鮫島は視点を変えないまま、相沢に問い質した。


「まあ、ちょっと鮫島君と話したいと思ってね」


「はあ?相沢さんもそんなこと言うんすか?俺は話すことなんて何もないっすよ」


少し語気を強めて鮫島がようやく相沢の方を向く。


「ああ、いやいや、落ち着いてよ。別にさ、僕は八百長に付いて聞きたいわけじゃないんだよ」


「じゃあ、何を?」


「まあ、そう慌てないで。とりあえず、海行かない?」


「はあ?海っすか?」


「そう、海」


相沢は大通りに出たところでタクシーを拾った。鮫島と栃谷は相変わらずの様子で、相沢に着いてきた。


タクシーを降りると、真っ白な砂浜が三人を出迎えた。二月の沖縄の海は一年で水温が一番低い。そのため、海水浴客は居ないが、海の美しさはやはり南国のそれだった。

この日は晴天で、太陽が顔を出しているせいか、本州で言えば春ぐらいの陽気だろう。


「あったかいなあ、やっぱり沖縄は」


栃谷は先ほどの落ち込みからすっかりと立ち直り、そう云いながら一つ伸びをする。


目を閉じると、さざ波の音が胸の中にすっと染み込んでくる。そして、日々の生活での苦しみや悲しみをさっと流してくれる。相沢はそんな感覚が好きだった。


相沢が目を開けると、隣にいた鮫島は座り込んで目を閉じていた。相沢はその鮫島を気遣い、目を開けるまで待ってから話を聞こうと決めた。


数分が経った時、ようやく鮫島が瞳を開けた。


「鮫島君も好きなの?海」


鮫島はニコリともせず「ええ、まあ」と返事をする。


「ああ、そうだ。今日の目的を忘れるところだった。僕が話したかったのはさ、実は栃谷君のことなんだ」


反応したのは鮫島ではなく栃谷だった。


「ええ?僕のことですか?」


「そう、栃谷君の事。鮫島君、本当に栃谷君のこと嫌いなの?」


鮫島は栃谷の方をあえて見ようとはしない。


「そうですね、嫌いですね」


「それはなぜ嫌いなの?その理由を教えて欲しい」


相沢は穏やかにそう訊いたが、座ったままの鮫島は面倒臭そうな顔で立っている相沢を見上げる。栃谷は先ほどのように下の砂浜を見たまま沈黙している。


「嫌いなもんは嫌いです。そこに理由は必要ですか?」


「ああ、そうなんだね。何だ、理由はないのか」


「はい、ありませんよ、そんなもん。生理的に嫌いなだけですよ」


確かに、三人で歩いている時から二人は言葉を交わそうとしなかった。生理的に嫌いならそれは納得できる。


「でも、一緒に並んで歩いたり、タクシーに乗ったりするのは平気なんだ?」


「相沢さんが間にいましたからね。それに俺は並んで歩いてたとも、一緒な空間にいるとも思ってませんから」


「栃谷君は何か言いたいことある?」


相沢に言われて、栃谷は鮫島の方に向いて歩いていく。


「鮫島君、あの時は本当にごめんなさい。これだけ、ずっと言いたくて」


栃谷は思い切り頭を下げた。案の定、腹の肉が支えてそれほど身体は折れていないが、彼なりの精一杯の謝罪だったんだろう。


鮫島の方はと言うと、一度舌打ちをしたものの「もうあの時の事はいいよ」と言って立ち上がった。


「ただな、一つ言っておくぞ!俺はあの時の喧嘩の事でお前を嫌いになったんじゃねえんだ」


その強い口調に栃谷が戸惑いを見せる。


「え?どういうこと?」


鮫島は話そうとしないが、相沢が代わりに口を開いた。


「できれば…教えてくれないかな?確かに話したくないこともあるかもしれない。でも、それじゃあ、君にとっても栃谷君にとっても、ずっと蟠りを抱えたまま、プレーしていくことになるんだよ?」


その相沢の言葉を理解したからかどうかは分からないが、鮫島はじっくりと考えた後、ようやく話をし始めた。


「俺があの子に会ったのは、丁度入団してしばらく経ってからのことでした」


そう語り始める鮫島の口調は幾らかの決意を含んでいるようだった。

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