苦杯
「敬遠か…お前も変わったな」
試合後、球場の外で桜井を待って居たのは羽柴だった。羽柴が微笑みを浮かべながらそう、声を掛けると、ようやく気付いた桜井は動揺することなく答えた。
「待ってたのか」
「ああ、一言歓迎の挨拶を言おうと思ってな。それにしても、ホームランの後は全打席敬遠とはな。昔のお前なら絶対に全打席とも勝負して居たはずなのにな」
羽柴は腕を組み、桜井の目をじっと見つめながら、嫌味なく、そう伝える。
「これも、アメリカで生き残るために気付いたことだ。自分の勝負より、チームが勝つことを最優先するようになったんだよ」
そう言いながらも、桜井の心中は穏やかではなかった。投手というものは、プライドの塊で出来ている生き物だ。一度ならまだしも、自ら何度も敬遠を選択するということは、その打者に対する実質的な敗北宣言となる。
「だが、そんな投球でこれからもうちのチームに勝てるとは思わない方がいいぜ。四番を打ち取れない投手だと分かれば、それだけでチームは精神的に有利になるもんだ」
桜井には返す言葉が無かった。
「まあ、せいぜい頑張れよ。次の対戦を楽しみにしてるからな」
そう言いながら、羽柴は桜井に背を向けて球場を後にした。
確かに、メジャーでいくら結果を残しても、相手からすれば、こんな投手が怖いわけがない。逆に言えば、ダイヤモンズの精神的な柱は羽柴だ。羽柴を完璧に抑え込められれば、試合はさらに有利に運べる。
「だが、羽柴への対策と言っても…」
桜井はその対処法の事だけを考えながら帰宅の途に着いたのだった。




