ライバルとの戦い 4
投球モーションに入ってから、実際にボールを投げるまでの時間はわずか数秒。
だが、桜井には広島ドームのマウンドの感触を感じる余裕があった。マウンドだけではない。足から腰、胴体、肩、腕、そして最後にリリースするときの指先と、スムーズに力が伝わって行くのを体感していた。
ボールの、指への掛かりも良い。
そこから一瞬でボールは蔵前のミットへと収まった。
しかも、ただ収まっただけではない。
打席に立っていた羽柴のバットは空を切り、羽柴自身も体勢を崩していた。
ここで、桜井の予感は確信へと変わる。
今のボールは羽柴の予想を上回る球だった、という確信だ。
そうでなければ、あの羽柴が空振りであそこまで蹌踉めくはずがない。
「と、なれば」
桜井にある種の自信のようなものが湧いてくる。
確かに羽柴は天才的な打者だ。一方でこちらはメジャーをクビになる、ただそこまでの選手だ。それでも羽柴と対等に戦えるだけの成長はしていたのだと。
2球目。
再びストレートのサインに頷く桜井。
桜井の右腕から放たれたボール。
そして。
桜井には何が起きたのかは分からなかった。
おそらく、そのボールはこの日一番のストレートになるはずだった。
内角低めへと投げ込まれたボールが、気づけば外野スタンドのさらに上を超えていったのだ。
「スイングが見えなかった」
桜井のその言葉に嘘はなかった。
おそらくメジャーで対戦してきたどの打者よりも早いスイングスピードと、内角低めのあの速球をきっちりと捉えるミート力は優れている。
桜井はもう脱帽するしかなかった。




