ライバルとの戦い 3
この日、スタメンマスクを被っていたのはベテランの蔵前。桜井より四歳年上で、渡米前にもバッテリーを組んだ事が多かったため、気心は知れていた。
桜井はその蔵前のサインに二度首を振った。
一度目は外角のスライダー、二度目は外角のカーブを要求したが、桜井がようやく頷いたのは三度目のストレートのサインだった。
マウンドから桜井がホームを見下ろす。打席の羽柴からは圧倒的な威圧感が放たれているように見えた。
この威圧感とは、わかりやすく言えば相手に与える「負のイメージ」と言えるだろう。投手は初対面の打者にそれを感じる事はさほどないが、一度でも完璧にボールを打たれると、その負のイメージがどこまでも付きまとってしまうものだ。
それが大事な場面であれば、あるほど。
この威圧感、厄介なのは「どこに投げても打たれそう」と感じてしまう事にある。投手にとっては戦う前から「負けのイメージトレーニング」をさせられているようなものだ。
それを拭い去るには人によって様々な方法がある。
もちろん、桜井もここで羽柴に対する負のイメージを拭うための考えを持っていた。
と言っても、簡単な事だ。
「全部、直球勝負で打ち取れば良い」
桜井はグラブの中に握った白球を、力強く握り直し、大きく振りかぶった。




