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1イニングのエース  作者: 冬野俊
挑戦への第一歩
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同期の二人

森国の練習は厳しい。それは間違いないだろう。このキャンプでの練習は、自分が一番練習をしたと思っていた高校時代を遥かに上回ると言っても過言ではない。


「もう終わりか?」


森国の視線の先には、相沢がいた。

かれこれ1時間以上、一人で森国のノックを受けている。


自主トレで投球感覚は戻っていた。それは栃谷との島根での件でも手応えを感じた。だがフィールディングに関してはまだ動きが鈍いのは自覚している。


「お願いします!」


社会人になってからもトレーニングは欠かさなかった。とはいえ、プロのレベルは高い。投手といえど、守備面も完璧にこなさなければ良い投手とは言えないのは当たり前だ。



ノックを受けているのは相沢だけではない。森国だけでなくコーチ陣が総出で、選手一人ずつに個人ノックを打っている。

これも、森国流の練習方法なのだという。全員が守備位置に着いて順番にボールを打つ普通のシートノックでは、ポジションごとの動きは確認できるが、一人一人へのノックの本数はどうしても少なくなる。それよりもまずは、量をこなさせたいという思いの表れだろう。



グラウンドにフラフラと栃谷が入ってきた。

「栃谷!終わったのか?」


栃谷は島根から帰ってきてからというもの、まずは身体を絞るために毎日走り込みを課せられている。ウェイトトレーニングも合わせて行い、筋肉を落とさずにスムーズなスイングが出来るようにするためなのだそうだ。


ちなみに森国が了承するまでは、試合に出させてもらえない事になっている。


「お、終わりましたー。でも、もう動けましぇーん」


「しぇーん?うごけましぇーんだと?てめえええええー、何、可愛らしく言っとんじゃああー!根性が足りんのじゃあああああああ!」


森国は普段は冷静な状態で諭すように怒るのだが、ある一線を超えると、急に言葉が荒々しくなる。そう、相沢と栃谷が島根から帰ってきた時も同じ状態だった。


その矛先は相沢にも向けられる。


「相沢あああああ!行くぞおおおお!」


言い終わると同時にマウンドとサードの真ん中に向かって打球が飛ぶ。


相沢は反応してボールに飛びつくがわずかに届かない。


「おらああー、行くぞおおおお!」


次はセカンド方向に向けて、やや弱い打球が転がる。相沢はすぐに立ち上がってそちらの方に身体を飛びつかせる。

今度はグローブの先でボールを何とか掴むことができた。


「よし、相沢、上がれ!」


ようやく、ノックが終わったが、相沢は立ち上がれない。そこに、次にノックを受ける坂之上が歩み寄った。


「おい、大丈夫か?」


坂之上は相沢が怪我をしたのではないかと心配していたようだった。相沢は「息が上がっただけです」と言って、なんとかグラウンドのベンチへと戻った。


代わって森国からノックを受け始めた坂之上は、淡々と捕球していく。やはり、このチームの選手で間違いなくプロとしての意識を持っているのは、坂之上だけだ。相沢はその動きを見れば、日頃のトレーニング量がなんとなく分かる。


「相沢さん、お疲れ様でした」


汗をダラダラ流しながら栃谷がスポーツドリンクを相沢に手渡す。


「ありがとう。栃谷君もお疲れ様」


二人が会話をしていると、ノックを終えた鮫島もベンチにやって来た。


「おい、栃谷!お前さ、監督に黙って実家に帰ってたんだって?こっちはいい迷惑だぜ!連帯責任で夜間、外出禁止になったんだ。飲みに行くことすら出来ねえ!」


「鮫島君、ごめんね。僕のせいだ」


落ち込む栃谷を庇うように相沢が口を挟む。


「鮫島君、そのことについては僕に責任があるんだ。島根に行ったのは僕が誘ったから。栃谷君は知らずに着いてきただけだから、僕が謝るよ。本当に申し訳ない」


相沢が頭を下げると、鮫島は相沢に向けて吐き捨てるように言う。


「相沢さんも勘弁してくださいよ。年上かもしれねーっすけど、プロ野球選手としては俺の方が先輩なんすからね」


栃谷が何かを言い返そうとしたが、相沢は頭を下げたまま左手でそれを制し、謝罪し続けた。


「本当に、こんな奴らばっかりじゃ、今年も最下位だわ」


鮫島はそう言って、ベンチ裏へと消えていった。


「相沢さん、僕のせいでごめんなさい」


鮫島が居なくなったのを確認すると、相沢は頭を上げて微笑む。


「いや、良いんだ。僕が悪いのは事実だから。でもさ、ちょっと思ったんだけど、鮫島君って、ちょっと栃谷君に対して当たりがキツくないかい?」


栃谷は苦笑いして「あ、昔ちょっといろいろありまして」と云う。


「いろいろって?」


相沢が訊いても、栃谷は口籠ってしまい、なかなかハッキリと話そうとしない。


「いや、話したくなかったら、無理に話さなくても良いんだけどさ」


そうは言ったものの、相沢は何となく気になった。同じ年に入団した二人の間に何があったのだろうか。



その日の夜、相沢は森国の部屋を訪れた。「二人が入団した時から共にプレーしている森国なら何か知っているかもしれない」という思いからだった。


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