朝の光 メロディーを熊たちと 9
学校の校舎というのは、生き物のようで怖いな。
暗くなってくると、まるで昼間とは別の生き物がそこら中に
居るみたいで、本当に怖い。
美奈香は、高松翔の後ろ姿を追いかけながら背筋がゾクッとするのを感じていた。
「ゆりゆり~~~」
声を出してみるが、暗くなってくる闇に吸い込まれていくようだ。
翔が渡り廊下から体育館の方に向かって声をあげる。
「す~ずかぜせんせ~~」
三階の使っていない音楽室。物置になっている美術控室。理科室の保管庫。
放送室はまだ、生徒が何人もいたので聞いてみる。
誰も涼風先生の姿は見ないという。
「だいたい、学校って使ってない教室とか多すぎとちがうかぁ~?」
翔は後からついてきた美奈香にふくれた頬を作って見せる。
「だよね~~~、がっこ~~ってさ、広すぎじゃん?先生一人どこにでも隠せそうだしぃ~~」
「隠すって、それ、誘拐ってこと?」
翔が驚いた顔をしてみせる。
「に、決まってんじゃん!あんな怪文書届いてんのに。気を付けてって言ったのにさぁ」
美奈香は確信したような表情でつぶやく。
「にしたって、何考えてんだってことよ」
「ゆりゆりって可愛いし、色っぽいから襲われちゃったのかも?きゃぁ~~どうしよう」
「じゃなんで、あんな脅迫状よ。へんじゃね?」
二階の生徒会室のある脇の踊り場は、緩やかに光を閉ざしつつある。
「どうよ!なんかわかったか?」
翔が気がつくと、熊五郎がそばにいた。
その時、放送が流る。落ち着いた透き通った声、新城陽介の声だ。
『涼風先生、大丈夫ですよ。もうすぐそこに行きますので安心していてくださいね』
えっという驚きの表情で美奈香が大きく口を開けた。
「もうすぐって~そこ行きますってぇ~~な~に~?ちょっとぉ~!」
いつにもなく、きっときつい表情を作って熊五郎を見上げる。
「いや、まずこの校内にいる事は確実だと思ったからな、とりあえず」
ぴょんぴょん飛び跳ねるのは、喜んでいる訳ではなさそうだが美奈香。
「そこって、ど~~こ~~~?はやく助けに行こうよ~~~熊ちゃん」
熊五郎の腕をしっかりつかんで離さない。
廊下を陽介が歩いてくるのを見つけると、美奈香は近くまで走って行った。
「ようすけ~~、ゆりゆりどこさぁ~~」
「まぁまぁ、落ち着いて。今の放送はとりあえず先生へのメッセージと
犯人への脅し、というところかな、うん」
「須田先生の話から推察すると、いなくなったのは授業が終わった直後から」
陽介が顔を上げる。熊が後を続ける。
「最後の授業は、音楽って事は音楽室から職員室に向かう途中にって事だな?」
陽介がウィンクして
「二階の音楽室から職員室までは廊下を真っ直ぐ進めばいい。ここで何かあれば目撃者がいるだろう」
美奈香が真剣に聞きながら、先を急ぐように何度もうなずく。
「でも、誰も見てねぇって!」
翔が声を荒げる。翔と美奈香は音楽室も控室も物置になっている小部屋ものぞいている。
「さて、音楽室から姿を消すためには、他の出口という事になる」
陽介がつぶやく。
熊五郎が大きな口を開けて「お!」と声を上げる。
「そうか、踊り場から非常口になってるよな、たしか」
「楽器なんかを出したりする時にあそこを使ったりするだろう?」
待ちきれなくなって美奈香が跳ねる。肩の上でくりんくりんの髪が一緒に跳ねて揺れる。
「それじゃ~ゆりゆり今どこなのよ~~」
「らせん階段を下りると体育館の裏手な訳ですよね?」
陽介が言うのと同時に翔が声を張り上げた。
「体育館の舞台裏の小部屋と物置部屋、オレらみてねぇわ!」
「きゃぁああ~あそこってお化けでるって噂じゃぁ~~~ん!ひぃい~~」
ひぃひぃ言っている美奈香が目を開けると
もうすでに熊五郎たちは、階段を降りていく途中だった。
「まってよぉ~~くまちゃ~ん、みなかもいくよぉ~~一人にしないでぇ」
後を追って翔がかけてゆく。
「でも、あの放送聞いて犯人きっと焦ってるんじゃね?さすが陽介!」
校舎は、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。
次回、3月2日アップします。