朝の光 メロディーを熊たちと 8
生徒会室は、少し蒸し暑かった。
美奈香はスカートのすそを持ち上げて
うちわでパタパタ風を送っている。
今日の髪は両肩からくるくるとロールになって
うちわの動きにのせて弾んでいる。
「きょうは、ゆりゆりおそいよねぇ~~」
唇をとがらせてほほを膨らませる。
高松翔はチェック柄のティーシャツが真新しい。
「おまえさぁ~、前から思ってたけどなんで涼風の事」
そこまで翔が話始めるのを遮るように
新城陽介が窓を開けながらつぶやくように言った。
「亡くなったお姉さんに似て見えるとかいう事でしょうかね」
翔がぎょっとした表情を作ると熊五郎があごに手を当てた。
「なるほどね、姉ちゃんの事大好きだったのね」
大きな口をあんぐりと開けたまま美奈香が目を見開いて
「ないない!似てないも~~ん!好きだからだよ~~!他になんにも理由なんてないも~~~~~ん」
美奈香の声に耳に手を当てた陽介が、事もなげに答える。
「須田先生から、聞いてますから。不慮の事故、だったとか」
美奈香はちょっと複雑な表情を見せたがすぐに
「なんでもわっかっちゃう名探偵て事なら陽ちゃん、今回の犯人さっさと見つけてよね!」
ブリブリした怒り顔は、そこにいる全員に向けられた。
風は緩やかに窓から入ってきて、彼らの間を柔らかく抜けてゆく。
「大変だ!」
生徒会室のドアを思い切り開けて入ってきたのは
古典の須田先生だった。
ひ弱そうな顔をもっと情けない顔にして
力ない手を頼りなさげに胸に置いて、落ち着かせようとして深呼吸をする。
汗をかいて走ってきたのは、
相当焦っているのだろう。
ちょっとしたことで、すぐ汗をかくな、と思って熊五郎が笑った。
「なんだよ!要件が先だろ?」
熊が首だけ振り向いて答える。
走ってきたので、すぐに話す事ができない須田は
はぁはぁ、息を整えて言った。
「涼風先生が、ゆ、行方不明なんだ」
「えええ~~~!」
「は?」
「なんで」
「うそっ!」
声をあげると美奈香が一番先に飛んでくる。
「どうして?どこで?」
「だからい言ったのに、気を付けてってぇ~~どうするのよぉ~~」
須田の耳元で、わあわあ美奈香の声がこだまする。
今にも泣き出しそうだ。
貧弱な須田の身体を掴んで美奈香が必死に揺らす。
「落ち着け!だいじょうぶだから静かにしろ!」
熊が肩を掴むと、
美奈香は急にしおれた花のようにくたんと、力なく座り込んだ。
熊は須田に向かって緊張した表情を向ける。
「それで、いつから行方不明なんっすか?」
陽介が言葉をはさむ。
「放課後、でしょうね。しかも学校の中で、って事ですかね」
須田ががくがくと首を振った。汗がしたたり落ちる。
「そうそう、下校が済んで。いつになっても職員室に戻らなくて」
「まあ、君たちもそろそろ帰ろうと思っていただろうけど
職員室で会議と打ち合わせがあるのに、どこに行ったのかと思って」
須田は不安な顔をして、宙を見つめる。
熊五郎が確認するように言葉を選ぶ。
「どこにもいない」
須田がうなずく。
「全部校内は探したという事ですね」
陽介が、確認するようにつぶやいてメガネを押し上げた。
それに答えて須田が頭をぶんぶん振り下ろす。
「オレ、も一度校舎回って来るわ!」
翔が走り出した。
それを見て
「みなかもいく~~~まって~~~」
たてロールが背中でふわんふわん揺れていた。
すでに校舎の廊下は薄い終わりのベールに包まれ始めている。
心細い暗闇が包み込む前に、なんとか見つかるだろうか。
熊五郎も陽介も目を合わせると
お互いが渋い顔になっているのを確認して考えた。
この間の石に包まれた手紙。
まだ、なにも解決もヒントも得られていない現状。
どこにもいない涼風ゆりあ。
音楽コンクールは一週間後だ。
さて、どうするかな。
熊五郎は息を漏らした。
目が合うと陽介は頷いて、スッと部屋から出て行った。
それでも、危険はないという気は不思議だがどこかにある。
涼風先生は、どこかやる気のない毎日。
そう、それがヒントだ。
熊五郎は窓に近づくと校庭を眺めた。
もう、下校した生徒は大半で、校庭を歩く姿はほとんどない。
窓を開けると、生暖かい風が吹いていた。
次回2月28日、アップします。