朝の光 メロディーを熊たちと 7
ゆりあが就活で失敗続きの時
声をかけてきた須田。
それほど親しくもなかった彼は、
今の学校の教師の内定をもらっていた。
そして新たに急募のホームページを見せた。
学校の募集は音楽教師とあった。
音楽とは関わりたいような離れたいような複雑な気持ちがあったゆりあ。
それでも、人より焦っていた気持ちに蓋はできなかった。
すぐに応募した。
音楽、教師、それがどんな仕事なのかとかどんな意味を持つのかなどと
深いところまで、考えた訳じゃない。
ただ、母に言い訳ができると思ったし
音楽に関わることは母の強い希望だったから。
晴れて、同僚になった須田とともに
職員に紹介された春の暖かい日差しの中。
『生徒はなすやカボチャです!』
そう校長は、禿げた頭を光に輝かせながら事もなげに笑った。
そしてそれは、すぐに意味を理解することになった。
授業とはかけ離れた、時間だったからだ。
生徒は好き勝手なことをしているし、教師を教師とも思っていないようだった。
まして、初に見た新人教師なぞ、人間以下の態度だった。
ゆりあは頭に湧きあがった光景を
思い切り顔を振って払いのけた。
あ~~、やだやだ!
あの頃には、戻りたくないし少なくとも今は何とか
授業もできる状態なのは有難い。
ま、熊くんが来てからってことかしらね。
とりあえず、心の中で熊五郎に感謝して頭を下げた。
今、体育館の檀上でしゃべっているのは
黒いティーシャツに金色のドクロをピカピカさせた高松翔。
「とりあえず、気ぃつけてみてほしい訳!なんかあったら、すぐにオレらにいってくれってことね。怪しいやつとかいたら教えてほしいしさぁ~」
ガヤガヤ、洪水が始まりそうになる。
美奈香が立ち上がって飛び跳ねて高い声をだした。
「怪しい人見た人手ぇ~~あげてぇ~~!」
と言いながら自分も手を上げる。
生徒みんなが周りを、きょろきょろうかがっている中
一人の生徒が真っ直ぐに手を上げている。
「おお!」
翔が壇上から駆け下りていくと、手を上げた男子生徒の前まできて
「誰か見たんじゃね?だれだった?だれ?だれ?」
一年生の男子で、部活をやっている数少ないテニス部員だ。
戸惑いながらも、真っ直ぐな眼差しはまだ穢れを知らない小鹿のようだ。
「僕が知らない人だったと思うんですけど、
テニスコート横の部員しか知らない壊れたままの金網から走っていきました。二人いたと思います」
あ、まだ、あの金網修理してなかったのね。
ゆりあはすぐに思い当った。
生徒たちが荒れていた時期
夜中に金網を壊して校舎に入り込んだ時のままだったのだろう。
そこからだと、駅に続く近道に出られる。
「だけど、普段はちょっとわからないように
陸上部のハードルとか置きっぱなしにしてあるので、知ってる人少ないと思います」
テニス部男子は、素直そうに屈託なく話す。
「なるほど~~、ま、今おおやけになっちゃたけどね~~。了解、サンキュッ!」
翔は生徒の肩をたたいて、熊にウィンクした。
壇上から、熊五郎がマイクを通して
「ま、そんな訳だから、気がついたことがあったらよろしく頼むわ!」
そんな事で犯人がわかるのかしら?
っていうか、わたしがターゲットになる意味は何なのよ。
自分の名前が出た事に合点がいかないゆりあだったけれど
なんにしても、方法もどうすべきかもわからないので
いつもの通り生活するしかないな、と諦めた。
まだ、ゆりあは自分が何に巻き込まれているのか
わからなかった。
そして、それほどに不安を持っていなかったし、警戒もしていなかったのだった。
次回2がつ24日、アップします。