朝の光 メロディーを熊たちと 6
「ちょ、ちょっとあなたたち!もうここら辺で大丈夫だと思うけど」
学校から、美奈香がついてくると
「じゃ、オレも護衛すっかな」
「先生の家って確か一駅先でしたよね」
「ずりぃ~ぞ!帰りにラーメン行く?」
などと言いながら、結局生徒会室にいたメンバーがぞろぞろと
ゆりあの前を歩いている。
「本当にもうここら辺でいいから!」
ゆりあの家はこの先の十字路を左に入った先だ。
歩いて二三分で着くし、周りは明るく人の行き来も多い。
「あなたたちが家に帰るのが、心配になるから!」
そういうゆりあを見つめて熊五郎が、ふてぶてしい顔でにやついた。
「あれぇもしかして先生。
オレら、みんなここから十分前後で帰れるの知らないんっすか?」
大きくうなずいて高松翔が、嬉しそうに言う
「でも、家に帰る前に腹ごしらえね」
美奈香は首をふる。
「美奈香、先生が家に入るまで安心しないんだからね」
げっ、家の前まで来る気なんだ。
母が出てくると面倒臭いな、と思いながら
諦めてゆりあは十字路を曲がった。
そして、家の玄関を入るまで、四人に見送られて
外に聞こえる位の大きな声で
「ただいま~」
と言わなくてはならなかった。
口やかましい、母が奥から出てきたので慌てて中に連れて行った。
もしかしたら、毎日恒例になるのかしら。
ああ、面倒臭い。
ゆりあはそう思ったが、恒例になる前に
新たに違う状況に置かれることになるとは、この時は思ってもみなかった。
翌日、体育館に全校生が集まっていた。
「これから、やばい事件の捜査を始めてもらう!」
檀上から笹塚熊五郎が、大きな声で吠えた。
最近ではざわざわが少なくなっていた生徒たち。
たちまち、前後左右、ひそひそガヤガヤ始まってしまった。
熊五郎が生徒会長になる前までは、こんな集会さえ行われたことがなかったし、
生徒は、なんの干渉もされない。
生徒は生徒ではなかった。『ナスやカボチャ』だっけ。
胸のどこかに隙間風か吹いている。
美奈香が熊の横からマイクを奪い取ると
「静かにするの~~~!」
と、ヒステリックに叫んだ。
陽介が耳をおおう。
翔が
「おめぇ~がいっちばん、うるせぇよ!」
両手をメガホン代わりに口元に当てて、美奈香に大声を浴びせる。
それから生徒はシンとして壇上を見つめて、キョトンとして注目する。
けっこういいコンビネーションね。
ゆりあは、感心して見ていた。
冷静と激熱と制圧と軽薄。
面白い子たちね。
「生徒会室に脅迫状が投げ込まれた!犯人は二人。お前ら犯人をさがせ!」
エエ~という声と(犯人さがし?)という声が飛び交う。
ほい、と言って陽介にマイクを渡すと熊五郎は椅子に座って足を組んだ。
「昨日、紙に包まれてこの石が生徒会室に投げ込まれました」
石と脅迫状を手にかざして新城陽介が前に出て、説明を始めた。
「何かわかったら、生徒会室までお願いしたい」
そして息を吸い込むと、もう一度紙を掲げて
「音楽コンクールなんてやめろ!やめないと涼風先生が傷つく事になる」
そう大きな声を上げて、読んだ。
全員が一斉にゆりあを見つめた。
うわ、たいへん。
なんでわたしなのか、と思うわよね当然。
でも、わたしだってなんでだかわからないんだから
他の誰にもわからないんじゃないのかなぁ。
苦笑いに似た表情を作ると下を向いた。
「なんで、黙ってたんですか!」
隣に座っていた須田先生が耳元で、憤慨した声をあげる。
「黙ってた訳じゃ、昨日の帰りの事なので」
なんだか、面倒臭いったら。
「昨日か、僕がたまたま用事があって行かない時にがぎって!なんてことだ!」
最近、古典の須田は生き生きしている。
生徒会室にも、しょっちゅう出入りしているし
生徒会と仲がいい。
でも、とゆりあは思う。
去年まで、須田先生は全然今とは違っていて
生気も何もなかったじゃないのよね。
まあ、わたしだって似たようなものだけどさ。
なんだか、生き生きしちゃって別人だわ。
『生徒はナスやカボチャです!人だと思うと腹が立つのでそう思って授業をしてください』
初めて学校に来た時、校長先生も副校長もそう言った。
ナス?カボチャ?
意味がわからなかったゆりあも、音楽教室に入ると
すぐにその意味を理解したのだ。
それでも、ナスやカボチャには思えなかった、その時は。
体育館は様々な表情の生徒たちが、熊五郎たちを見つめていた。
次回2月21日アップします。