朝の光 メロディーを熊たちと 3
生徒会室はなぜだか、居心地が良いと感じるゆりあだった。
生徒会室は、昔の荒れ果てた空間ではなくなっている。
きちんと整頓された棚、資料の並べられた保管庫。
ゆりあは目の前にいる須田の顔を見つめながら考えた。
いつから、こんな風に明るくなったのかしら。
目の前の須田は、瞳を輝かせて息を弾ませている。
「じゃあ、審査員は全員の投票形式って事だね」
須田の声を聞きながら、横で席にもつかずポテトチップスの封をあけて
美奈香が言う。
「でもさぁ~、自分のクラスに投票できないとなるとさぁ~、インチキじゃん」
ゆりあは美奈香が何を言いたいのかわからない。
すぐに、新城陽介が頷く。
「まあ、確かに。自分のクラスのライバルになるクラスは外して投票するかもしれないからね」
この人はいつでも冷静な感じで成績も先生たちの評判も良い。
セクシーだし頼もしい。
黙ってゆりあは観察している。
「あ、焼き豚味、うま~い。じゃ、ゆりゆり、決めてよ。優勝クラス」
美奈香は手に持ったポテチをぱりぱり音をさせて食べながら、
ゆりあににっこりほほ笑んだ。
「じゃ、先生に持ち点五十ポイントってのは、どう?オレにも食べさせろ!」
高松翔が美奈香のポテチの袋を奪い取る。
食べようと袋に手を入れると、驚いた表情。
「おめ~~、もう食っちまったの?ひで~」
翔のティーシャツには、『I eat this!』
とロゴが入っている。
「もう一個、あるよ~~」
美奈香がどこからか、ポテチの袋を出してくる。
「学校でお菓子は、ちょっとまずくないかしらね。一応、生徒会室だしね」
ゆりあが、遠慮がちに言ってみる。
須田は何にも云わないままだ。審査方法を考えているらしい。
至って真面目そのものだ。
まあ、どうでもいいか。
ゆりあは、お菓子の事を注意した事を後悔していた。
この教室で禁止したところで、この学校は生徒が何をしようが見て見ぬふりなのだから。
「一応、遠慮しとけ!先生いる時はさ」
熊がつぶやくように言いながら、
「さっきの案、いいよね」
陽介に話を振る。
「そうだね、そうすると先生票で公正さは保たれそうだしね」
「じゃ、飴たべよ~~」
美奈香がポケットからキャンディーを出して一つ口の中に入れた。
「音楽って、何でもいいって事?」
ゆりあは聞いてみる。
この場にいる立場を考えてみると質問の一つもしておかなくては。
「とりあえず、クラス単位で歌でも演奏でもなんでもオーケーって事にしようかと思ってます」
陽介が風になびいた髪を抑えながら窓を締めに行く。
「美奈香のクラスは、ハモネプするんだぁ~~」
口の中でキャンディーを転がしながら、ニッと笑うと八重歯が見えた。
「まだ、決まってないでしょ」
熊が美奈香の頭を丸めた紙でポンとはたく。
「だって、一度やってみたかったんだも~ん」
翔が手を上げた。
「手を上げて意見を言いましょう!オレ、賛成だぜ」
陽介もおもむろに手を上げていた。
「いいね、でも、ハモネプじゃなくてアカペラね」
最終的に、一人一ポイントの審査点が与えられ
自分のクラスには投票できない。
先生の票が、各二十ポイント。そして、校長、副校長、音楽教師が三十ポイント。
という具合だ。
ゆりあは、自分の学生時代を思い出した。
そういえば、中学校の頃
合唱コンクールがあったっけ。
わたしは、ピアノの演奏係で一緒に合唱できなくて
どことなく、疎外感に包まれて寂しかった事を思い出す。
一緒にワイワイ、練習するのは楽しそうだった。
本当は、一緒に歌を歌いたかったのかもしれない。
お腹の底から、声を出して人と合わせてゆくのは
多分、心地よい感覚に違いない。
「先生、歌う?」
熊五郎がゆりあがぼぅっとしているのを見て言う。
「え?どうして?」
胸がどきんと高鳴った。
どうしていちいち言葉に反応してしまうのか。
「歌いたそうな顔してっからさ!」
そうなのかしら?そんな顔してたのかな?
だとしたら、この人どれだけ人の事わかっちゃうんだろう?
「じゃさ~先生たちもグループ作って歌いなよ~!」
美奈香が熊の言葉に便乗する。
そう、この美奈香って子はすぐに反応するんだ。
そして、かなりいい加減なくせに影響力があるんだった。
ひらめきだけで生きているような気さえする。
「いいですね」
振り向いた新城くんは、瞳を輝かせる。
「でも、歌うっていう先生はきっといないと思うんだけどね」
「だってよ~須田せんせ。歌うよな?」
高松翔は、部屋の隅に座っている須田先生に顔を近づけて笑う。
笑っているのか、嫌がっているのかわからない表情の須田は
「二人じゃ寂しいから、君たち誰か一緒に歌ってよ」
なんて、歌う気満々だった。
窓は締めたというのに、ゆりあの顔にどこからか風か吹いてきたような気がした。
次回2月10日、アップします。