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朝の光 メロディーを熊たちと 23

あなたが笑えば

それだけで嬉しい


誰のために笑うのかって

僕らが笑うのを見て

あなたが笑うからさ


ただ、それだけでいい

ただ、それだけで笑える

心から

ゆりあは頬を涙が伝って落ちるのを

止めようとはしなかった。

心に染みわたってゆく。

三人の声、由芽香のサビのメロディー。

ゆりあの耳元で新城陽介がささやいた。

「二人は路上でやってたんだそうですよ」

ゆりあは目をつぶった。

寂しそうな瞳をふせて、染谷くんが弦をはじく。

恥ずかしそうな表情で南里くんが声をあげる。

昔、ゆりあの前で一緒にメロディーを奏でた時のように。

そしてその中心には、しっかりした意思のある輝きを眼差しに移した由芽香がいた。


「ダメダメ!目を見て、息を合わせて!」

耳に由芽香の声が蘇る。何度も何度も練習したっけ。

ゆりあは懐かしさで熱くなる。由芽香に頼まれて暗くなるまで練習に付き合わされた。

それも楽しい思い出だった。

今、この時までそんな事の一つ一つを思い出す事がなかった。

どうしてこんな大切なことをわたしは忘れていたのかしら。

そう思うとどこかをぎゅっと掴まれるような気がする。

なんで?どうして?そんな疑問符がたくさん沸き起こる。

舞台の上で三人が目を合わせ頷き、弦をかき鳴らす。

そう、落ち着いて互いの音を聞いてテンポを合わせて。

ショートボブの黒い髪が揺れた。由芽香が二人の瞳をとらえて頷く。

染谷くんも南里くんも、あの時と変わらない。

少しも変わらない三人がいる。

変わったのはわたしだったのかしら。

ゆりあは、きゅうに寂しくなる。

ダダン!ドラムが響いた。熊五郎のドラムは的確にリズムを刻む。

そうね、前を見て歩いて行かなくちゃいけないんだったっけ。

笹塚熊五郎、彼はわたしにいろいろな事を教えてくれる。

生徒に教えられるようじゃ教師といえないわね、わたしももっと頑張らなくちゃ。

素直にそう思える事が不思議だった。

あなたが笑えば

それだけで嬉しい

由芽香の詩が温もりのように入り込んでくる。

そうだわ、笑わなくちゃね。


会場に拍手の洪水が起きた。

あちこちで、感動の声が上がっている。

舞台の上で三人は頬を高揚させて、立ち上がり深々と頭を下げる。

顔を上げた表情は、澄み切った青空の様だ。

由芽香の瞳がうるんでいる。

良かった。

由芽香が帰ってきてくれて。

ゆりあと目があうと、にっと口元があがって

「ありがとうございました!」

相変わらず、はきはきしてる事!

ゆりあは笑って頷いた。

心の中でつぶやいた。

(こちらこそ、ありがとう)

染谷くんも南里くんも興奮して息が上がっている。

(傷つけたまま、こんなに時間が経ってしまった事あやまらなくちゃね)


「いや~ドラムってめちゃくちゃ、気持ちいいわ!先生も叩いたら気持ちいいですよ!」

いつの間にか、ゆりあの隣に熊五郎が立っている。

「や~だ~みなかもでたかったなぁ~」

美奈香が寄ってくる。紙でつくった花がふわふわ揺れて踊っている。

「最後に、きちんと締められたようで良かったですね」

陽介がメガネを押し上げる。

「オレ、今度ギター教えてよ、せんせ!」

翔が今日もラフな力の抜けたような歩き方で近寄ってくる。

ああ、わたしはこんななんだかよくわからない感じの生徒たちに救われちゃったわね。

「採点をしますからね!ヒイキなしですからね」

ゆりあはにっこりした。

「え~オレのドラム最高だったでしょ~」

「クラスのまとまりは自信あるんですけどね」

「優勝は『来々軒』の大盛ラーメン無料券だったんじゃね?めっちゃ、ほしいっす」

「みなかが一番かわいい~~~~」

口々にゆりあに向かって声をあげる。

「あほか!かわいいのは関係ね~~って!ラーメンくいてぇ~~」

翔が美奈香を小突くと

「だってだって~~、美奈香可愛いだけじゃなくって歌もうまいも~~ん!」

駄々をこねた子どものような美奈香の頭をポンポンと叩いたのは由芽香だった。

「先生、笹塚くん!どうもありがとう。なんだか、ようやく、わたし達この学校を卒業したような気がするわ」

染谷くんと南里くんがぺこっと頭を下げると

「採点お願いしま~す!」

「ラーメンお願いしま~す!」

と笑った。

ゆりあが腕を組んで笑う。

「感情を挟まないできちんと採点しますから、期待して待っていてちょうだいね」

ゆりあの頭のすぐ上から声が響く。

「先生、できすぎってやつでもいいですよ。準優勝にもラーメンつけるんで!」

笹塚熊五郎の顔がゆりあの目の前にある。

ドキンと胸が高鳴る。

落ち着きなさい、わたし。

ゆりあは自分に言いながら、熊五郎を見つめて言った。

「感謝してるわ!ありがとう、熊くん」

片方の口元を引き上げて熊五郎が笑った。

白い歯が見えた。

会場の生徒たちが、楽しんでいるのがわかる。

何かを学んだのがわかる。

そして、前を見る事の大切さがわかった気がする。

さあ、どんな採点をしようかしら。

自分たちの頑張った事に対しての評価を

待っている生徒たちの瞳はキラキラしている。

教師も捨てた物じゃないわね。

ゆりあは、会場の生徒たちの表情をみて、息を吸い込んだ。


「そうだった、先生の歌きいてないですけど?」

笹塚熊五郎が、振り向いた。

不敵な笑みをたたえて、優しさを奥に隠し持った瞳。


「それは、あとでって言ったでしょ?ポテト付きで!」

ゆりあは、ぶれずに言い切った。

どこかに、少しだけ自信が持てているのも感じている。


こんなやり取り、楽しいな。

自分を取り巻く空間の色が変わって見える。

悪くないじゃない!教師だって!

ゆりあは、ほほ笑みながら採点を始めた。

楽しそうに笑う彼らから、見つめられているのを意識しながら。





                             おわり





ここまで、読んでいただいてありがとうございました。

お話は終わりますが、彼らの学生生活は続いています。

みんなどこかに様々なものを抱えながら生きているのかもしれません。

本当に、ありがとうございました。


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