朝の光 メロディーを熊たちと 21
学校中に音符が飛び交っている。
声が聞こえ重なり、ハーモニーになって空に消える。
リコーダーの音に絡まってゆく高い声と低い声。ソプラノやテノール。
リズミカルなアップテンポな手拍子。
ギターやドラムも響く。
「音の洪水、でも、とても心地いい」
ゆりあは呟いていた。
音楽コンクールのその日
空は抜けるように高く青く晴れ晴れとした朝だった。
皆、自分たちの練習に朝早くから登校している。
頑張っている生徒の姿を見るのは、
こんなにも嬉しい事なのだと、ゆりあは思った。
仲間同士、楽器を奏でて見つめ合い笑いあい。
声を合わせる生徒たちは、友だちの声を聞き合わせ
そして、笑顔になる。
今まで忘れていた事のようだ。
学校中が、笑いに溢れている。
どこか自分が忘れていた空間、
当たり前の学生生活を。
懐かしささえ覚える。
そうね、わたしの学生の頃に戻った気がするわ。
こんな風に思える事が、ゆりあには不思議でならなかった。
この学校に、教師になると決めた時から
こんな環境を夢見て、当然と思ってやってきた当時を思い出した。
そして、その希望が打ち砕かれた事
忘れたくても夢に出てきた悲しい苦しい思い出たち。
それを変えてくれたのは、
そうなのかもしれないわ、熊五郎くんなのかも。
体育館は舞台が作られていて、
壇上から女子生徒がピョンピョン跳ねてこちらに手を振る。
「ゆりゆり~~、見てみて!この花の飾りつけ、かわいいでしょ~~~」
紙で作られた花が色とりどりに付けられている。
美奈香の頭にも同じ花が二つ付けられていて、
飛び跳ねるたび、天辺でカールした髪も揺れる。
舞台袖にはどうやって作ったのか小ぶりなクスダマが置いてある。
「お!先生!遅いじゃないっすか、飾りつけほぼ終わちゃいましたよ」
笹塚熊五郎が、舞台袖の椅子にどっかと腰掛けた。
長い足を組んで、どこか大人の顔して笑って指さした。
「一番前の席が審査員席にしてます」
高松翔が舞台の前の席にテーブルを設置している。
「せんせ、こんなもんでいいっすかねぇ~」
翔が頭をかいた。今日は黒のTシャツにピンクと銀のロゴが入ってる。
『あーあー ただ今マイクのテスト中』
舞台端に並んだ二つのマイクを調整しながら新城陽介が手を振った。
『涼風先生、声出してみます?』
マイクを持ちながら陽介が束ねた髪からこぼれた髪を耳にかけながら
ゆりあに近づいてくる。
「わ~~~みなかもマイクテストする!」
陽介の持っているマイクを奪い取るとゆりあのそばに走って来てマイクを向ける。
『ゆりゆり!なんか歌う~?』
『わたしは、いいわよ。え?歌った方がいいの?』
声が会場にこだまする。
陽介は笑って手を振る。
熊が
「オレ、歌聞きたいです」
と手を上げる。
『いや、こんなところでちょっと、無理よ。また、今度ね』
ゆりあの声がマイクの中で揺れた。
舞台前から翔の声
「今度だって、チョウ楽しみ~、オレポテト付きで!」
ゆりあの頭の中で彼らとカラオケボックスで歌っている場面がチラついた。
まあ、それもありかな。
翔に向かって、緩やかに笑った。
次回、4月13日です。