朝の光 メロディーを熊たちと 20
「先生、気がつきましたか?」
ゆりあの身体が、ふわふわと揺れる。
高い場所を飛んでいる気がしていた。
夢の中で空を飛んでいた。
勢いよく舞い上がると、風が気持ちよくて両手を広げていた。
けれどしばらくすると急に高度が下がって行って地面に激突しそうになる。
ハッとして目を開けると、熊五郎の頭が目の前にある。
ゆりあは熊五郎におぶわれていたのだ。
軽々とゆりあを背にして、新城陽介と話をしていた。
「ま、そういう事だから後はよろしくな!」
「了解!ま、一番驚くのは誰かだろうけどね」
陽介が、ゆりあが目を覚ましたのを見て首をかしげた。
「涼風先生、大丈夫ですか?今日はいろいろとあってお疲れでしょう」
目が合うと、おぶわれている自分を想像して恥ずかしくなる。
「わ、わたしはもう大丈夫だから、おろ、下ろしてちょうだい」
ゆっくりと大事そうに熊がゆりあを地面に下ろす。
ゆりあはなんだか熊の顔が見れなくて、
「ど、どうしたんだったかしら?わたし寝てたの?」
高松翔が笑い出した。
「せんせ、子どもみたいで可愛かったなぁ~」
なんだろう、どんな顔をして寝ていたのかしら。
顔から火が出そうだ。
どこからか記憶が飛んでいる。
「お、となをからかうんじゃありません!も、もう、大丈夫だから」
かぁっとなったら、足元がふらついた。
熊がにやっと笑って手を差し伸べる。
「じゃ、あんまり心配すると、明日から学校来れなくなったりしそうなんで」
片手を上げた。
傍らで同じようににこやかに笑う陽介は、親指を立てた。
ぴょんと跳ねてから
「じゃ、失礼しま~す」
と頭を下げた翔。
ゆりあは取りあえず、胸を張って頷いて見せる。
「そうね、気を付けて帰ってちょうだいね」
三人に手を少し上げて振る。
別れて歩き出すと、目の前の暗闇がさっきより濃く感じる。
肩の力が抜けた。
それでもお腹が満たされている事で思ったより元気だ。
しばらく歩くと由芽香と美奈香の顔が浮かんだ。
ああ、良かった。
ゆりあは何かから自分が解放されてゆき、身体が解き放される気がした。
長い間、うなされていた悪夢から覚めた時のようだ。
苦しい時間を、忘れる事で過ごしてきたのかと思うと
情けなくて悲しくなる。
どれだけ自分が弱い人間なのかと嫌になる。
だけど、由芽香は笑ってくれた。
本当にもう、それだけで良かった。
自分がどんな人間だろうと、どんなに弱かろうと
由芽香が生きて笑ってくれた事実は、大きかった。
「頑張って生きてゆけるわ!」
暗闇に声に出して言ってみた。
言葉は闇に吸い込まれてしまったみたいだったけれど
何度でも、言葉に出せる勇気が自分の中にあることを知った。
風が気持ちよかった。
その夜は、ゆりあはぐっすり眠って
空を飛ぶ夢も落ちてゆく夢も見る事が無かった。
次回、4月10日、アップします。