朝の光 メロディーを熊たちと 2
ゆりあの日常が、美奈香に引っ張られてゆく。
会議なんて、わたしの性に合ってないわよね。
学校の放課後、まだ校内がガヤガヤしている。
校庭では、下校してゆく生徒たちがちらほら姿を現し
運動部は、ほんの少数だけが集まっている。
いつもいつもの、同じようなつまらない景色が目に映る。
だいたい、つまらない事は大っ嫌いな性格のはずだしね。
副校長が話す内容もほとんど聞いていないまま、
膝の上にスマホを出してみる。
そうか、そうだったっけ。今日、麻友たちと集まろうって言ってたんだっけ。
スマホの画面には(イケメンさそったよ~)の文字が偉そうに映っていた。
イケメンって、また変なの連れてくるに違いないわ。
あの子ってば、ぜんぜんわたしと好みが違うんだから嫌になっちゃう。
わたしの好きなタイプは、
背が高くって細くってあんまり濃い感じじゃないくって、
で優しい人、かな。
いつでも、 麻友が連れてくる男たちは、
どこから見ても好みとは違っていて話す気も失せるのだ。
なにも、男の子誘わなくってもいいじゃん。
麻友は、約束すると何とかして男の子を見繕ってくる。
彼氏のいないわたしのこと、憐れんでるのかしら?
いい加減、頭にくる。
「涼風さん、何か意見でもありますか?」
いきなり、学年主任から声をかけられてゆりあは慌てて手を振った。
「いえ、ぜんぜん、まったく意見なんてありません。あるはずもありません」
教師全員がゆりあを見ていた。副校長が次の議題に移ると、会議の注目が外れた。
ゆりあは、ふっと息を吐いて横を見る。
古典の須田が隣で、にこやかに微笑む。
「涼風先生、今ものすごく険しい顔してたから、指されちゃったんだよ」
険しいって、そんなに顔に出てたかな。
まったく、須田くんたら最近元気になっちゃって、
生き生きしてるの見るとなんだか腹たつわ。
って、いけないいけない。
また、指されちゃうよ。
面倒臭い会議という名の退屈な時間が過ぎて
ゆりあはは、さっさと職員室をあとにする。
麻友との飲み会も幾分憂鬱な気分になって
「なんか、楽しい事ないかなぁ」
呟いたその時。
「ゆりゆり、つまんないの~?」
陰からぴょんと飛び出たのは美奈香だった。
今日の髪型はポニーテール。
かなり天辺に近いところで結んであるので
歩くたびにポヨンポヨン揺れている。
「じゃさ!一緒に音楽コンクール手伝ってよ~」
ゆりあの手を取って跳ねる。
なんでこんなに、無防備で開けっ広げなのかしら。
わたしにもこんな頃があったあったけなぁ~?
自分の若い頃を思い出していると
目の前は生徒会室だった。
「音楽コンクール?なんだっけ?」
美奈香は掴んだゆりあの手を放して口元に持って行くと
「いやぁ~~だ~~~、この間、全校集会したじゃ~~ん」
身体をくねらせて、唇をとがらせる。
一生懸命、思い出してみると
それらしい記憶がかすかによみがえってくる。
そもそも、音楽の授業もまともにした事もないのに、
音楽コンクールもくそもないわよね。
漠然と、頭の中でスルーしていた事に気がついた。
生徒会室の中には背の高い男子が椅子に座っていて
こちらを振り向いた。
「あ、熊くん」
ドキンとゆりあの胸の音がする。
笹塚熊五郎、いつでも目があうとどきりとする。
「よっ!先生になりたくなかった音楽先生!」
かぁっと熱いものが身体をめぐる。
中学生なのに!なんでこんなに大人を小ばかにしたような態度なのかしら。
子どものはずなのに、なんでいろんな事見透かされちゃうのかしら。
「べ、べつになりたくなかった訳じゃないわよ!」
本気で声を上げていた。
ちょっと待て!冷静に、冷静に。わたしは教師なんだから。
なりたくなかったとはいえ。
「からかったら可哀想じゃね?」
よれっとしたティーシャツの高松翔が横から口を出した。
薄茶色のボサボサした髪をかきあげて、笑った。
「そうですよ。先生には先生なりの事情ってものがあるんだから。ねっ!」
奥の机で本を読んでいた新城陽介がメガネに手をやって、ゆりあにほほ笑んだ。
なに?どいつもこいつも、大人をからかいやがって!
待て待て。わたしは先生、落ち着かなくちゃね。
ゆりあは、背筋を伸ばして胸を張って言った。
「音楽コンクールっていうのは?相談にのりましょうか?」
よし、先生らしい態度だわ。
窓の外では、下校していく生徒たちが見えた。
ああ、麻友にキャンセルのメールいれなくちゃね。
ゆりあの心のどこかで、仕方ないという気持ちとほっとする気持ちが
ないまぜになって、渦を巻いている。
あれ?わたし、本当は行きたくなかったのかもしれない。
「さ、なんでも話してちょうだい」
そしてゆりあの中で、なんとなく嬉しい気持が支配しているのは、
認めたくなくても認めてしまうのだ。
それが、どうしてなのか不思議なのだったが。
次回、2月7日アップします。