朝の光 メロディーを熊たちと 19
時は知らぬ間に戻っていた。
懐かしい由芽香の顔を見て涙を流したゆりあは
時が巻き戻されてゆくのを感じた。
楽しかった放課後。
一緒にピアノに向かった日々。
ギターを奏でた夕暮れ。
自分の中で過去のページに封印した記憶。
そのどれ一つも忘れたくない思い出だったし
大切なページだった。
ゆりあは、改めて自分の弱さを思い知った。
わたしは、対峙しなくちゃいけない事実から
逃げて忘れようとしていたんだわ。
そして、自分の痛みの少ない方法を選んだんだ。
都合の悪い記憶に蓋をして、今まで思い出そうともしなかった。
「でね!ゆりゆり~~~きいてるぅ~~?」
美奈香がゆりあの腕を掴んで声を上げた時、
「ちわ~~来々軒です~ラーメンお持ちちました~」
高松翔お待ちかねのラーメンが届いた。
大きなリビングのテーブルに運ぶと皆
「待ってました!」
「うまそ~」
「早く食べなくちゃ!」
口々に声を出しながら
「いっただきま~~す!」
一番に食べ始めたのは美奈香。
由芽香が食べるのを眺めながら
ゆりあは聞いた。
「長い間、頑張っている事知らなくてごめんね」
それには美奈香が答える。
「おねえちゃんは、頑張ってるのとか知られたくなかったんだもんね~~」
ちらっと美奈香を見ると由芽香は頷いてラーメンを頬張る。
高松翔が大きな一口を飲み込むと
「あ~いるいる!頑張ってるの見られたくない感じの」
熊五郎が頭をはたく。
「心配させたくない気持ちはわかるよ」
熊が言うと由芽香が呑み込んで
「自分が辛かったから人の事まで考えてる余裕がなかっただけ」
何でもない事のように言葉にする由芽香に、ゆりあが頭をさげる。
「わたしは自分が弱かったから本当の事を確かめる事ができなかった。ごめんなさい」
「先生のせいじゃないですって!それに、今はもう全然大丈夫ですから!」
元気に答える由芽香をみつめたゆりあの瞳がうるんでいる。
あれから、一年が経って由芽香は少し大人っぽくなったように見えた。
瞳がキラキラして力強い印象も昔のままだ。
そうね、この子なら乗り越えられたのかもしれないわね。
わたしなんかより、ずっと強い心を持ってるんだわ。
少しでも、わたしも強くなりたい。
そして、先生として恥ずかしくない生き方をしたい。
そう思うと、胸のどこかが熱くなる気がして
慌てて両手の中の器を持ち上げて、スープをすすった。
暖かい何かがしみわたってゆく。
そして身体の隅々まで暖かさが広がってゆく。
「美味しい」
呟いた。
「さーーーて、問題は彼らの事ですね」
食べ終わると、新城陽介が片づけながら言う。
「なにがなにが~~~?」
美奈香が食べ足りなそうに口をとがらせて首をかしげる。
「染谷くんと南里くんの事でしょ?」
由芽香がにっこり笑う。
「はやっ!事件の成り行き知ってるんすか?」
翔が驚く。
「妹は私には情報漏えいのプロよ!なんでも知ってるわ」
由芽香が携帯を片手に見せてウィンク。
「みなか、おねえちゃんの目となり足となります~~~~」
美奈香も携帯を手にぴょんとソファーに飛び乗る。
「だから、涼風せんせの周りにくっついてたって訳ねぇ~」
翔が感心した様子。
美奈香がほほを膨らませて
「ちが~うも~ん!みなかはゆりゆり、大好きなだけだも~~~ん!」
部屋中に笑いが充満する。
柔らかい微笑みで、満たされて幸せな空間を作る。
ああ、この子たちに出会えて良かったな。
ゆりあは、思うとまた涙か出てきそうになった。
長い旅を終えたように、安堵と軽い疲れが身体を襲う。
息を吐きながら、ゆりあはゆっくりとソファーに
もたれかけると、意識が遠のいていった。
なんだか、今日はいろんな事があったな。
身体中の感覚がどこか違う場所に泳いでいく。
ああ、ここはどこだったっけ?
暖かくて、居心地がいいな。
いつまでも、漂っていたいな。
瞼が重くなって、目の前が二重になって行った。
そして、テレビのスイッチが切れるように画面が消えた。
次回4月6日、アップします。