朝の光 メロディーを熊たちと 11
「先生、約束したよな」
染谷くんが悲しい声をだした。
「なにも、こんな事しなくたっていいじゃないか」
南里くんの声。
「何言ってんだ!お前、忘れたのか?結局あいつあのまま、あの世に行っちまったんだぜ!」
悲しい声は、もっと悲しそうに響く。
「だけど、先生のせいじゃないじゃないか!」
南里くんが泣いている?
「でも、オレなんだか許せないんだよ!」
言葉が終わらないうちに
「オレたちだって同罪だろう」
南里くん、泣かないで。
ガムテープで開かない唇に力をいれてみるが、ゆりあのうなり声だけが聞こえる。
タオルで縛られた隙間から、少し光を感じる。
ごめんなさい、ごめんなさい。
ゆりあはうなりながら、頭を振った。
脳裏に忘れられない過去が、まるで昨日の事のように広がった。
あの時、わたしは教師らしい事をした気になっていた。
「そんな、不良たちと付き合うのはやめて、放課後音楽室に来なさいね!」
大仰な覚悟も勇気も無かったくせに。
染谷くんも南里くんも、私の言葉に従ったのに。
ただゆりあのそばにはいつも味方がいた。
サラサラな長い髪を二つに結わいて赤い眼鏡の女子生徒。
「そうだよ!なんであいつらの仲間になんかなってるの?」
いつでも、にこにこしてゆりあを見上げる黒い瞳。
初めてなついてくれた可愛い女子生徒。
由芽香、音楽が大好きだと言った。
ピアノもゆりあが教えると、どんどん上達したしギターも筋が良かった。
放課後に来る時間が増えて、染谷くんも南里くんも次第に毎日顔を出すようになった。
そのうち、三人は何曲もメロディーをマスターしていく。
瞳を合わせて、弦をかき鳴らす。
アルペジオで切なく歌い上げる。
ゆりあがピアノを弾くと、ほれぼれするほど完璧だった。
あの時までは、わたしは教師だったのに。
ぼうっと思い出していたゆりあの耳に懐かしい声が響いた。
「先生!ずるいよ」
染谷くんが再び、声をあげる。
ああ、ずるい、そうなのかもしれないな。
ゆりあは自分が醜い人間のような気がして、うなだれた。
このまま消えてなくなりそうな心を抱えたゆりあに
『涼風先生、大丈夫ですよ。もうすぐそこに行きますので安心していてくださいね』
大きなマイクを通した聞きなれた声が聞こえてくる。
新城陽介くん?
放送室から流しているのかな?ここがわかっているのかしら。
今の状況が思い描かれた。
そうか、この子たちは間違いを犯そうとしているんだ。
放送の声を聞いて我に返った気がした。
ここは、体育館の控室で、壊れた楽器やいすなどを置いてある部屋だ。
ゆりあは、彼らの姿を追って行ってこの部屋に連れ込まれた。
自分はやましい気持ちがあるから、どうしていいかわからなかったけど。
事がおおやけになれば、罰せられるのはこの子たちだ。
何とかしなくては。
ゆりあは、焦った。
なんとか、この状況から脱出して何もなかったことにしてあげないと。
染谷くんも南里くんも罰せられてしまうに違いない。
あの後、不良少年が捕まったように。
この子たちには、胸に抱いた想いがあるんだ。
だから、こんな事をしたんだろう。
だけど、それはわたしにも責任があることだと言っていいのだ。
ゆりあは、唇からなんとかガムテープをはがせないかと口を動かす。
「せんせい、なんか言いたいんだよ!」
そういうと南里くんがゆりあのガムテープを引きはがした。
「いったぁ!」
物凄い粘着力。声をあげるゆりあ。
「ごめんなさい。染谷のいう事もなんだかわかるし、でも、こんな事するべきじゃないよね」
目隠しのタオルが落ちて、うるんだ瞳の南里くんがいた。
「だめ!こんな事して、つかまっちゃうから!はやく、逃げて!」
ゆりあの言葉に染谷くんが、ハッとして顔を上げた。
「おれ、おれ、うらやましかったんだ。それに、自分が情けなくって」
「いいから、行きなさい!」
「ごめんなさい」
二人はゆりあに背を向けた。
夕暮れは光をすでに飲み込んでいて、体育館には闇が迫っていた。
彼らの姿が消えるのを待って、緩んだタオルのまま立ち上がって声を上げた。
「ここよ~~~!わたしはここにいるわ~!」
次回3月9日、アップします。