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煙草に火がつくまで

作者: 夏木山景

路地裏で一人、身を縮めながら煙草に火をつけるサラリーマンの姿を見て、

心の中で「ご愁傷様」とつぶやいた。


喫煙所は、法令によって次々に姿を消していき、

道路には、次々に禁煙区域マークのプリントが張られていった。

喫煙者は、煙たがわれるように、角に追いやられ

不景気に相乗りするかのように、たばこの値段も跳ね上がった。


それを機に、禁煙することを決めた人は少なくないはずだ。

ひと箱、400円近くする代物を一日ひと箱消費した場合、年間約15万円近く出費することになる。

さらに、その出費から、がんにかかる可能性が上がり、歯がぼろぼろになったり、

口も臭くなれば、服も臭い。そして、喫煙所にいる人はたいていろくでもない人にしか見えない。

「喫煙かっこいい!」「タバコ吸うともてる」なんて映画の世界。

最近の若い人たちは、そんなこと知ってるから、吸う人もだいぶ見なくなった。

タバコ吸ってもいいことないな。ってね。僕も思っていた。


社会人の僕は気になる同期の女の子がいる。

その子は、小柄でかわいらしく、

周りからも愛される八方美人な女の子だった。

二人で食事に誘ったら緊張しちゃうから、

複数人で横浜で食事をすることにした。

僕は、要領が悪いから乗換案内をみて動いても、必ず30分近く遅れる。

どうせ遅れるなら、ちょっとかっこつけるかなんて、できもしないことを考えながら

予約してた居酒屋に入ると、煙草を食わている可憐な女の子がいた。

その子が、僕の気になる子だった。

遅れて来たのにもかかわらず、すかさず理由を聞いた。

人の目を気にしすぎてしまい、ストレスから吸い始めたと言われ煙草を渡してきた。

すえない僕は、おぼつかない手で煙草に火をつけてむせた。


24年間、誰に対しても優しく、平等に接することを心掛け、

波風立てずに生きてきた。生きる努力をしてきたが、

社会の荒波では、そんな生き方は自分を苦しめた。

仕事にまじめに取り組み、仕事が終わっても仕事のことに取り組んだ。

もちろん、新卒だったから、当然だと思ってた。

仕事ができなくても当然だと思っていた。

怒鳴られても、資料を突き返されても、作業がうまくいかなくても

緊張や責任に押しつぶされそうになっても、

真面目に真摯に取り組めば、何とかなった。

ただ、一人暮らしの家に帰ると

心の隙間からどろどろした何かがあふれてきた。

いつもなら、銭湯に行ってリラックス。なんて簡単に明日を迎えることができたのに

もう、同じ方法では、明日を迎えられなかった。

自分は、どうしたらいいのか、どうすれば、仕事に恐怖を感じなくなるのか。

涙が出た。


今思えば、あの子の笑顔に、今ではリアリティを感じている。

煙草なんて体によくはないのに、僕は明日を迎えることができた。

煙草を吸う人なんて、ろくな人がいない。

僕もろくでなしになれば。

その思いが僕を楽にさせ、落ち着きを取り戻すことができた。

その女の子とは、もう会うことができなくなった。


14時の喫煙所が一番込んでいる。

某ビルで働いている人間の三分の一ぐらいか、いや、それより全然少ないだろうけど

それくらい、狭い喫煙所は、人でごった返している。

一緒に働く別会社の年上の社員が、たばこの値上げに嘆いていた。

僕は、こんなことを聞いてしまった。

「煙草が高くなったら、不良高校生は何をして不良ぶるんですかね?」


世の中、綺麗なことと、汚いことは一緒に存在していると思っている。

綺麗にしていった先に、どんな汚いことが待っているのか。

煙草で満足できる僕にはわからない。

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