椿と少女と
六畳間の畳の部屋に、和装の女の子が一人。制服の女の子が一人。椿が一本。花器がひとつ…………。
「ねぇよる~」
制服の女の子が和服の女の子の長い髪を弄びながら話し掛けた。
けだるい午後のようにとろとろと時間が過ぎていく。
「何?」
冷ややかで硬質で怜りなその声音に莉瀬はうっとりする。
「あのね、あたし、あの子に会って来ちゃったぁ」
「あの子………?誰?」
問いかける少女は顔をあげることすらしない。
けれど莉瀬は、少女の興味を引けたことに満足して囁いた。
ほら…………よると同じ星つきの子。
「そう。」
何を考えているのだか分からない、平淡な声。でもその声が莉瀬のお気に入りだ。
「面白い子だったよ。制服がみんなと違うって焦ってたりねぇ」
くすくす。
茶色がかった目が獲物を見つけた猫のように細くなる。
「でもねぇ、あの子、初等部《最初から》いるんだって。この学園に。だとしたら相当疎いよね。外部のわたしの方がよっぽど知ってたよ。いろんなこと。………物知りなよる。冷静沈着なよる。綺麗なよる。なんか正反対の子だったなぁ。かわいい感じの子だったし。」
「………………。」
黒髪の少女は何もしゃべらない。
それを気にした様子もなく、莉瀬は続ける。
「あとねぇ二年生にお兄さんがいるんだって。従兄だったかなぁ」
それまで紅い椿の花をいじっていた少女が、ぴくりと手を止めた。
初めてあげた白せきの面に、艶やかな黒髪がぱらりとかかる。
「なんですって………?」
あれに同じ苗字で年上の従兄がいる、ということは知っていたがそれがひとつしか離れていないとは………初耳だった。
「んー?よる、どーかした?」
もたらされた情報から的確に真実を弾き出す。
「…………二年に音宮は一人しかいないわ。」
「え~そうなの?じゃあその人だ。あの子のお兄さん。で、誰なの?」
「音宮神威。一年生で異例の特進をした男。一年の五月から生徒会に所属。今では会長補佐をしているわ。十中八九彼が次の生徒会長よ。」
言いながら少女は、花々をいけていった。
高く、低く。前に、後ろに。
何もないところからみるみるうちにひとつの芸術が生まれていく。
その様子を見て莉瀬は目をすがめた。
綺麗だ。
そして完璧。
軸の長さも向きも場所もバランスも。全てが。
完成された美。
いける少女の姿を含めて芸術だと思う。
「へぇ~ってことはその妹さんと仲良くしておいて損はない?」
「…………恐らくはね。」
パチン。
一際高いハサミの音が部屋に鳴り響いた。
ぽとりと落ちたのは、いけた花々の基軸とも言える椿の花。
「よる………?」
訝しげな友の声には答えず、落ちた椿の花を冷めた目で眺めながら彼女は心の中で付け加えた。
音宮神威。彼がわたしの考えているような人間だとしたら。
目を閉じた彼女の脳裏には、床に落ちた真っ赤な椿がいつまでも浮かび上がっていた。