鳥さん可愛い 詩織は暴走
ぴるるとそれは鳴いた。
机にぺったりとつけた頬がひんやりする。
「ねぇ、もう何も言わないの?」
『ぴる?』
手に乗るサイズのそれが首を傾げる様は、とても愛らしい。
「ぴる?じゃなくてぇ」
恐る恐る手を出すと、頭をこすりつけてくる。
うっ!かっかわいい!
うっかりときめいて、当初の目的を忘れそうになる。
本物とそっくりの体温、質感、重量。
でも偽物のそれ。誰かに作られたもの。
多分製作者は、神威兄さま。
じゃなかったらここまで詩織の好みと一致するはずがない。
それはいい。
帰ってきたら玄関にこの子がいて、びっくりしたけど今までにそういうことがなかったわけじゃないから。こんなに本物そっくりな子は初めてだけど。
でもそれよりも、誰もいない家に帰ることになると、そう思っていたから、その予想が外れたことがただ単純に嬉しかった。
本当にびっくりしたのはその後。
ガチャンと鍵を閉めるのをじっと観察していた小鳥にただいまと声をかけたのだ。
するとどういうことだろう。
突然翼を広げたかと思うとしゃべり出したのだ。
『オカエリーオカエリー詩織チャン、オカエリー♪』
「え?あ、は?」
あまりの突然にびっくりして、頭が追いついて行かなかった。
『オカエリーオカエリー詩織チャン、オカエリー♪』
小鳥はもう一度繰り返した後バサッと空気を打って飛び立った。
そのままあまり広くない玄関ホールから、リビングの方へ飛び去る。慌てて追いかけるとまた別のことを言われた。
『今ノ時刻?今ハネー、今ハネー、ジュウニ時!ジュウニ時!』
いいながら天井近くをくるくると旋回する。
『入学式ドウダッタ?入学式ドウダッタ?』
「え………どうっていわれてもねぇ……。」
その問いにわたしが答えなかったからであろうか。
目が回ったのだろう小鳥は、照明に激突した。
盛大に。
一瞬その場で静止した後、落下する。
慌てて両手をつきだし受け止めると、手の中で弱々しくピと鳴いた。
そこからだ。
この鳥がしゃべらなくなってしまったのは。
「ねぇ、もう何も言わないの?」
『ぴる?』
「………………。」
もしかして壊れてしまったのだろうか。
せっかく神威兄さまが造ってくれたのに。
「―――――よし。」
あまり得意じゃないからいつもは使わない魔方陣を召喚する。
「|mmm@.or.jp./《魔方陣起動》」
魔法は人外のモノと意思が疎通して初めて成立する。
人外のモノとは精霊や魔神などの個の意識を持ったモノであることもあるが、多くは、空気や水、土などを指す。
魔方陣や呪文《公式》は意思の疎通をやりやすくするための道具。効率よく魔法を使うための道具。
一番大事なのは、伝えようとする心。
それから根性。
だから。…………大丈夫。きっとできる。
――――呪文を知らなくても。できるよね、きっと。
周りを取り囲む空気に伝わるように、考えながら言葉を紡いだ。
「えっとpectopoo|gradeuwok゛beystumjo.《具合が悪いの。》|ism゛pectwok゛beystumjowok《どこが悪いのか》|stuktus゛:dixalsdpza゛j.《調べてちょうだい。》」
お願いっ……………!届いて…………!
「//%okkei.」
呪文の最後につける決まり文句を呟くと、掌に張り付いていた魔方陣がふよふよと浮かび上がる。
そのまま小鳥の上まで移動すると緑の蛍を沢山生み出した。
やった…………!一発で、せいこー、した……?
喜ぶのもつかの間。
すぐに蛍は消え、異常は見つからないという答えが返ってくる。
異常が見つからない………?
てっきりどこか悪いのだと思い込んでいた詩織は呆然とした。
悪いところが見つかった時の対処法は想像がつくが、悪いところが見つからなかったときの対処は何ひとつ思い付かない。
ど、どうしよう…………。
や、でもうまくいかなかったのかもしれないしっ
………………どう、するの?
―――さぁ………………?
詩織に思いついたことは今かけた魔法と同じモノをかけ続けることだけだった。
ひとつ上の従兄が帰ってくるまで。
何度も何度も、何度も。
ひとつ上の従兄が帰ってきたことにも気づかないくらい集中して。