夢中になって聞いてなかった
静粛な場内のすみずみまで玲瓏な声が響き渡る。
「校内の桜が満開になりました。今年もいよいよ出会いの季節がやってきます。真新しい制服に身をつつみこの場に集まってくれた新一年生のみなさんとで会えたことを本当に嬉しく思います。」
ぅわぁ………すご…………。
誰もがにっこりと微笑みながら祝辞を述べる少女に注目するなかで、ただ一人音宮詩織だけは別のものに注目していた。
詩織の目の前を浅緑に色づくものがふわりと通りすぎていく。
その中のひとつにそっと手を伸ばせば、掌の上で旋回してふあっと消滅する。それはさながら小さな生き物がその命を散らしているようにも見えて、もう一度伸ばしかけていた腕を慌てて引っ込めた。
こっそりと場内を見回せば、不自然でないように配置された上級生達の姿が見える。だがそこにいること事態が不自然だ。上級生はすべて新一年生の後ろに座っているはずなのだから。
何かの緊急事態の備えだとしても、いかんせん人数が多すぎる。
でもそこにいる理由はあるはずだ。
会の進行役だけが前に。他の生徒はすべて並んで着席していた方が、絶対に見栄えはよいのだから。
あっ……………!
その理由が詩織には分かった。いや、見えた。
名札についている色は赤だから、三年生だろう男子生徒は、何気なく掌を上にむけた。その瞬間、薄青に色づく花びらのようなものが生み出される。
その隣で同じことをしていた生徒の手の上には赤い花びら。
二人の生徒は視線を動かしてそれらを会場中に振り撒いていく。
―――そうか。暑くも寒くもないのはこのおかげなんだ。
おそらく、青い花びらは冷気を司り、赤い花びらは熱気を司どっているのだろう。
四月といえども今日は少し肌寒かった。この会場に入ってからは気にならなかったが、その裏にはこれが隠されていたのだ。
むろん、冷気も使うのは、熱気だけでは微調整が難しいからである。
また違う生徒が花びらを生み出した。
今度はさっき目の前を通った緑色。
あ…………風?
緑の花びらは、一度祝辞を述べている生徒のそばまで流れ、そこから会場全体に行き渡る。
おそらく、大声を出しているわけでもない少女の声が、会場全体に響き渡るのは、会場が静かなだけでなく、あの花びらによるところが大きい。
花びらが声を運んでいる―――。
直感的にそう思った。
現に花びらは彼女の声に合わせて放出したりしなかったりを繰り返している。
だからあれはきっと風の元素。
1番精製が簡単な五大元素のひとつ。
それでも魔方陣なしの無詠唱でつくれる彼等はかなりの実力者だ。
「――――最後になりましたが、中等部から持ち上がりのみなさんも、今年新たに編入してきたみなさんも、是非この高等部での三年間を楽しんでくださいね。三年代表加藤桃花。」
途端会場が拍手に包まれる。
え?あ、聞いてなかった…………!やばっ!!
突然の拍手で我に返った詩織は、上級生の話を何も聞いてなかったことに気づいて愕然とした。
先輩の話、ちゃんと聞かなきゃ!
それからは意識して聞いていたせいか話を聞き逃すこともなく、無事入学式が終わった。
親と写真撮影をしている同級生を尻目に帰路につき、誰もいない家についた。
いけないと思いつつも、気分がふさがってくるのはどうしようもない。
こんな時、誰か家にいておかえりとか言ってくれたら違うのかなぁ。
いやいや、それ、あったら困るし。
でも。
………こうやって家の鍵を開けるのは嫌なんだよなぁ。
だって絶対中に誰もいないってことだし。
何時まで経っても慣れない習慣。
そっかぁ。
じゃ、そうなるね。
ふわっとあたたかな声が聞こえたのは気のせいか。
「…………………………ナニ、これ」
がちゃっと開けた玄関に見慣れないものがいた。
何がいたんでしょう?