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とりあえず受け入れることにする

 俺とレナは再びもとの公園のベンチに腰掛けた。夕暮れの光が世界の全てものをどこか物悲しいような感じのする色彩に彩りはじめていた。吹き渡る風は穏やかで涼しく、その風に吹かれていると、とても今自分が死んでしまっているなんて信じられなかった。ついさっきまで生きて活動しているときと何も変わっていないように思えた。


「実際、生きているときと死んだときの違いがあまりにもないので、なかなか自分が死んでしまっているのだということが受け入れられない死者は多い」

 俺が黙っていると、レナは事務的な口調で述べた。


「そしてその結果として、それらの者は死してもなおこの現世に留まり続けることになり、浮遊霊となる。自分が死んでしまっていることを受け入れない限りは、死後の世界へ行くことはできないのだ」


「……でも、もし、そうだったとして……浮遊霊としてこの世界に留まり続けることになったとして、それは何か問題があるのか?」

 俺は自分が死んでしまっているのだということを認めたくないという憤りの気持ちもあって、いくらかつっかかるような口調でレナに訊ねてみた。レナはそう言った俺の顔を微かに目を細めて哀れむように見つめた。


「べつに構わないが、だが、浮遊霊となってこの世界に留まったとして、何か意味があるのか?誰にもお前の姿は見えないし、話かけることもできないんだぞ。きみはこの世界ではほんとうの意味で透明な存在となり、存在していない人間として扱われることになる。そうやって過ごしたいと思うのなら、それはきみの自由だ。わたしは引き止めはしないが」


「……」

 俺は足下の地面のあたりに視線を落としながら、さっき女性に声をかけようとしても、全く声が通じなかったときのことを思い出した。彼女には全く俺の姿が見えていないようだったし、声も聞こえないようだった。……この世界に留まるということは、つまりはああいった状態が永遠に続く事になるのか、と、俺は失望するように思った。


「……まじかぁ。俺は死んじまったのかよぉ!」

 俺は両手で頭を抱えると、半ば叫ぶようにして言った。今まではそうでもなかったのだが、今になって急に、自分はもう死んでしまっているのだというような絶望感が押し寄せてきた。生きてまだまだやりたいことはたくさんあった。旅行もしたかったし、買いたいものもあった。それに家族……幸い、俺はまだ独身で、嫁も子供もいないのは良かったが、だが、もう親しかった友人や、親、兄弟に会うことはできないのだと思うと、悲しいような切ないような気持ちになった。きっとお袋は俺が死んでしまったと知って、嘆き悲しむだろうと思った。俺はそんな母親の姿は見たくないと思った。


「……親しかったものたちに会えなくなるのは辛いだろうが、しかし、一時の辛抱だ。死後の世界ではあまり時の流れというのは意味がない。すぐに彼等もきみと同じ世界へやってくるさ」

 レナは俺の思考を見透かしたように(実際、俺の思考が読めるのかもしれないが)言った。


「それに、こう言ってはなんだが……実際のところ、死後の世界というものは悪くない。というより、この人間たちが暮らしている現世よりも遥かに素晴らしくて過ごしやすいところだ。きみはまだその世界を知らないからそう言われてもいまひとつぴんと来ないだろうが、それはわたしが保証する。浮遊霊となってこんな世界に留まっていうよりかは遥かに素晴らしい体験をすることができる」


 俺はそれまで伏せていた顔をあげると、ぼんやりとレナの顔を見つめた。レナの説明を聞いたせいなのか、多少感情の混乱も収まりつつあった。とりあえずレナの言っていることを受け入れても良いかなという方向へ気持ちは傾きつつあった(俺はもともと諦めが早い方なのだ)。


「わかったよ」

 と、俺は言った。


「というか、まだちゃんとわかったわけじゃないと思うけど、今更ジタバタしてもしょうがないんだろうなっていうのはわかったよ」

 と、俺は続けた。


「誰も俺の事がわからないんじゃ、この世界に留まっても意味はないしさ」

 俺は半ば自分に言い聞かせるように言っていた。


「ところで、ひとつだけ、確認させてもらいたいんだ」

 と、俺はレナの顔を直視すると訊ねた。


「なんだ?」

 レナはその形の良い眉をひそめるようにして俺の顔を見た。


「俺が死ぬことになった原因……確か俺は子供が飛び出して、俺はそれをよけようとしたんだ……で、運悪く、俺は死んでしまうことになった……でも、子供は助かったのかなって気になってさ。俺も死んで、子供まで死なせてしまったんじゃ、これは浮かばれないなって思ってさ……」


 俺の科白に、レナはなんだそんなことかというよう口元を綻ばせた。

「きみはわたしが思っている以上に優しいやつなんだな……それなら問題ない。彼女は助かったよ」


「……そうか……。なら、良かった」

 俺は呟くようにして言うと、空を見上げた。いつの間にか空は本格的に夕暮れの光に赤く染まっていた。遠くに一機の飛行機が飛んでいるのが見えた。


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