新涼の終わりし頃
ものの音ひとつ絶ゆ
そくばくの鳥の声
和郎走りて麦穂踏む
額あげし乙女のかんばせ
入日に燃えて
恋するごとし
ものの音ひとつ絶ゆ
燈下のペン先
熱を帯びし頬に刺す
我が憂い
黒インクのごとく
胸裏に満ちん
しかあれど
我が部屋
嬉戯の残り香かんばし
我が子、衾に伏せん
我はまた紙面にいどむ
ものの音ひとつ絶ゆ
秋の夜の、遥けき月
芒を揺らせ風の子よ
我はひとり、仲秋の
過ぎゆくを悼む
ものの音またひとつ絶ゆ
枕頭の灯り
陶器の像のいとけなきを
ひややかに照らさん
たちまちにして闇降れば
象もまた闇に絶ゆ
ものの音ひとつ絶ゆ
小夜更ける秋の夜
ものなべて音を絶ゆ