ハルシネイション
「私がここに寝ていても、世界は動いてるわ。私という歯車が無くても世界は回る。貴方はどう思う?」
ベッドから窓の外を眺めながら私は訊ねる。
ベッドの傍らに用意された椅子に座る友人は「そうねぇ」と顎に指を添えて首を傾げる。
「貴方という存在が何処の歯車と噛み合っていないと言うのは少し違うと思うの。ほら、現に私と言う歯車が貴方と噛み合っているのだから」
にっこりと笑って言われると私としては照れてしまうのだけれども。そう言ってもらえるととてもうれしい。
「ありがと…」
「いいえ」
彼女との馴初めはどうだっただろうか?
よくは覚えていない。
かつては今ほど親密ではなかったと思う。
しかし、私が今こうして病院の一室で過ごすようになってから、彼女は毎日のように会いに来てくれた。
いまでは家族よりも顔を合わせる機会が多いのではないかと思うほどだ。
「貴方は外の事を気にしているけれど、貴方は貴方。自分のやりたいように生きればいいのよ」
「そう言ってくれると嬉しいな…」
彼女は何時も私を思ってくれている。
私はそれが堪らなくうれしくて仕方が無い。
ずっと彼女が私の傍にいてくれればいいのに。
「あら、そろそろ帰らないと」
「ねえ」
帰り支度を始めた彼女に声をかける。
「なに?」
「今日は一緒に寝ない?」
「無理よ、面会時間が過ぎたら帰らないと」
「お願い!」
私は無理を承知で頼み込む。
「仕方ないわね…」
彼女は呆れた顔をしつつも了承してくれる。
「やった!」
私はそれを手放しで喜ぶ。
そんな姿を見て彼女は慈愛に満ちた顔で微笑むのだ。
見回りを隠れてやり過ごす。
スパイになった気分でとても楽しい。
夜に話すとなにか特別な気がして笑い声が漏れてしまう。
「楽しいね」
「そうね」
私たちは忍び笑いを響かせる。
「ねえ、あの子今日も一人で笑ってるわよ」
看護師が同僚に話しかける。
「ああ、あの子でしょ。何時もよ、何時も」
「病院で虚空に向かって話すのは幽霊が居る感じで怖いわよね」
「大丈夫、彼女は自分の中に閉じこもってるだけだから」
病院に一人分の笑い声が響く。
歯車はかみ合わない。
一つ虚しく、空転するだけだ。