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白波

作者: Lawlite

セミが鳴く。

思い出したかのように

いつもの夏がくる。

潮風に揺れる

風鈴の音が凛と

あたりに響く。

線香の香とともに

鐘がなる盆。亡き祖先が家に帰ってくる。

「いってきまーす!!」

麦わら帽子に浮き輪を

つけた少年三人が

勢いよく出て行った。

「コラ!待ちなさい!!

海にはお母さんと一緒に

行かないとダメ!!

あぁ!!待ちなさい!!」

「元気があっていいわね」

フミは微笑みながら

孫達を見送った。

「行っておやりなさい」

「でも、お義母さん。

片付けが…」

「私がやるから…

それに何かあったら

大変だし」

「でも…」

香苗はちょっと

戸惑った顔をした。

視線が斜め下へ。

「いいから。

それにあんた、ここに来てから

ずーっと働いてて

休んでないだろ。

海に行って少しは

息抜きして来なさい。

第一子供に何かあったら

どうするの?」

この言葉に負けた香苗は

申し訳なさそうに

フミに一礼した。

「すいませんお義母さん」

そういうとサンダルを

履いて見えなくなった

子供達を駆け足で

追いかけていった。

盆で帰省した長男の

貴男が家族を引き連れて

東京からこの海まで

わざわざやってきた。

毎年、仕事で忙しくて

来ないのに珍しい事が

あるものだと思った。

久々に見る孫達は

背がぐんと伸びて

たくましくなったもんだ

と関心した。

明日、貴男達は帰る。

そうすると静かな波音を

また独りで聞く日々に

戻る。


しかし寂しくはなかった


夜。

仏壇の前で拝んでいると

「お袋、ちょっといいか」

と貴男が手招きした。

「あんたがこっちに

来なさいよ」

そういうと貴男は

頭を掻きながら

フミの後ろに座った。

フミが膝立ちになり

綺麗に向きだけを変えて

貴男と真っ正面に

向き直り正座した。

貴男はあぐらを

かいて座っていた。

苦笑いして貴男が

「頑固なところは

変わらないな」

「なんてっ!?」

「いや、何でもないよ」

と慌ててうそぶいた。

歳をとっても耳は

ちゃんと聞こえている。

「で、何だい?

急に改まって」

フミが単刀直入に

聞いた。貴男はおお、

と本件を思い出したか

のように切り出した。

「お袋、もう親父が死んで

10年経つ。お袋も

だいぶ歳をとった。

一文や直子とも

相談したんだ。

どうだい、ここを離れて

一緒に東京に来ないか?」

フミは急なことに

ぽかんとしてしまった。

しかし、すぐに思った。

珍しい貴男の帰省は

このためだったのだと。

「香苗にはもう話して

ある。あいつも賛成を

している。こんな寂しい

ところに独りじゃ

いやだろう?」

フミは数秒黙った。

黙ったまま、また仏壇に

拝み始めた。

「おい、お袋?」

怪訝な声がフミの

後ろから聞こえた。

「私は行かないよ」

「へっ!?」

貴男が素っ頓狂な声で

応じた。

「確かに私は歳は

とったがここを

離れる気はまだないよ」

貴男は粘った。

「だけどお袋の身に

何かあったら俺達は

何にも出来ない。

お袋が心配なんだ!

必要ない意地は

はらないで来てくれ。

頼むよ」

フミはさっと立ち上がり

部屋の襖を開けた。

敷居から少しでて

貴男を振り返って

言った。

「お願いするときは

こちらから言うよ。

そのときまで待って

もらえるかい」

「お袋…」

「明日、早いんだろ。

もう寝なさいな」

そう言い残して

フミは貴男との話しを

終わりにした。




夜の海。

皆が寝静まる。

しかし、波だけは

休まずに行ったり

来たりで時を静かに

数えている。

そこには少女がいた。

16、7ぐらいだろう、

砂浜を走っている。

ハアハアという息遣いは

走っているせいでも

あるが、また別の理由も

あった。

この鼓動の高鳴りは…


彼女の目には砂浜に

一人で座っている少年。

少年は少女に気づくと

立ち上がった。

少女が少年の元に

たどり着くと少女は

荒い繊細な息遣いで

「ごめんなさい。

家族がなかなか

寝付かなくって」

呼吸とともに潮の香が

肺いっぱいに広がる。

あんまりにも急いで

走ってきたからか、

体を折って両手を

膝にあてて呼吸を

整えようとする。

少年ははにかみ

「俺も今来たところ。

疲れたでしょ?座って」

二人は並んで座った。潮の香とは違う、優しい香りが彼女を包んだ。

半月が妙に神々しく

神秘的な輝きを

放っていた。

「綺麗だね…」

少女がつぶやく。

少年は頷く。

わずかな潮風が少女の

長い髪を揺らした。

「なんか、寂しいね…

広い海で二人きり」

少女はそう言うと

両腕で膝をぎゅっと

抱きしめた。

少年が少女を見た。

少女も少年を見た。

「じゃあ、

二人じゃなくて

三人四人でここに

居ようよ」

「え?」

「そうしてみんなで

毎年、いや毎日

夜の海を見ようよ」少年は立ち上がり、

少女の手をとった。

二人は静かに海に入り

足を濡らした。

少女はくすぐったそうに

少年を見た。

「それって…」

二人は約束をした。



変わらない潮の香。

そこには歳老いた

少女がいた。

誰もが寝静まる夜の海辺


独りゆっくりと歩く。

走ることは出来ず、

ヨタヨタと一歩ずつ

慎重に歩いた。

砂浜の真ん中に着くと

少女は眺めた。

夜の海を

変わらない夜の海を。

潮風が吹くと少女は

目を細めた。

うっすらと目には

涙が。


ゆっくりと海に入る。

足を濡らす水は

とても心地よかった。波がたつ度に潮と別の香が少女をまたもや包んだ。


時刻む

白波たつは

君の香か

しほたるものは

足か裾か



何か返ってくるのを

期待したものの、やはり返ってきたのは

波だけだった。





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