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茜色のシクラメンと木枯らしの先で

作者: 秋桜星華
掲載日:2026/10/30

 ポケットの中でスマホが振動している。規則的にくる通知で15時になったのだとわかる。


「寒いね」


 意味もなくマフラーを弄(いじ)りながら呟いた。強く木枯らしが打ち付けて、足元から冷たさが這い上がってくる。そろそろブーツも下ろさなければ。


「うん、寒いね」


 貴女《あなた》が笑って返してくれる。気づけばいつもの結婚式場横の交差点で、信号機の点滅を見守っていた。


「あぁ、引っかかっちゃった」


 貴女が穏やかにつぶやいた声に、嫉妬しそうになる。

 あの人──彼は、貴女のそんなところに惹かれたのだろうか、なぜ私は貴女ではないのだろうか、なんて思ってしまうから。

 そんなことを考えていると、また視界が隅から滲んだ。私は頭を振って思考を遠くへ追いやる。


 目の前を犬が乗ったセレナが駆け抜けていく。車が切り裂いた微妙な湿気が私たちを襲った。


「あ、そうだ」


 貴女はふいにスマホを取り出し、数回スクロールしたのち、私に画面を見せた。


「最近絵を描いたんだよね」


 そこには、色鉛筆で描かれた虹が写っていた。


「綺麗⋯⋯さすがだわ」



 そう、貴女は清らかな心の持ち主。努力もしないくせに、貴女を妬(ねた)む気持ちを生んでしまう私なんかとは違って。


 杖をついたおじいさんでも、大鎌を持った死神でも、躊躇(ためら)いなく助けるのが貴女。


 私はそんな貴女のことが好きなの。当たり前でしょう?





 だから、彼が持っているシクラメンの鉢植えも、シャツの柔軟剤の香りも、全部貴女のものなのだ。




「飲み物何がいい? 買ってくるわ」


 私はすぐそこにある自販機を指さした。

 こんな日にはココアが飲みたくなる。風が冷たくて、通りすがりに私の心を抉(えぐ)っていくような日には。


 コーヒーの甘いやつ。貴女の希望を叶えるため、私は自販機にお金を入れた。




「あったか」


 缶を握りしめて暖を取る。開けてもいないココアの温かさが身に染みた。


 軽く振ってからプルタブを押し上げる。金属と液体の混ざり合った高い音が、人通りの少ない路地に弾けた。



 貴女も軽快にコーヒーを開けたあと、嬉しそうに口に含んだ。私の瞳は、貴女の喉の動きにまで引きつけられる。




 不意に思い知らされる。


 そうだ、私は貴女にはなれなかった。



 貴女のことも、彼のことも恨めないのに。





 いつか胸の奥でくすぶるこの想いを、貴女と笑い話にできる日が来るのならば。

 その時は、二人でワインでも飲みながら語ろうか。


 手の中のココアがワインに変わる日を想って、私はそっと息を吐いた。


 視界の隅で、空が茜色に染まっていく。

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木枯らしの風景企画 概要 ←企画概要 ↓作品検索 木枯らしの風景企画 バナー作成/くろくまくん 様
˚✧₊⁎⭐︎秋桜星華の作品⭐︎⁎⁺˳✧༚
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― 新着の感想 ―
企画から参りました。 切ない心情が詩的に語られていて、引き込まれました。 とても1000字とは思えず、しかもキーワード全部入っているなんて驚きます。 素敵な表現もたくさんで、すごく読み応えを感じました…
 読ませていただきましたぁ。  木枯らしというか、秋の風情を上手くお話の中に取り込んでおられて、木枯らしという風景を、心の渇きのような感覚と合わせておられるのかな? と読んでていて感じました。  …
金属と液体の混ざり合った音、という表現がとても素敵だと思いました。 せつない気持ちもいつか時間が解決してくれるのかも。 秋らしいせつなさの中で美しい表現が素晴らしかったです。 秋桜さん、ありがとうござ…
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