茜色のシクラメンと木枯らしの先で
ポケットの中でスマホが振動している。規則的にくる通知で15時になったのだとわかる。
「寒いね」
意味もなくマフラーを弄りながら呟いた。強く木枯らしが打ち付けて、足元から冷たさが這い上がってくる。そろそろブーツも下ろさなければ。
「うん、寒いね」
貴女が笑って返してくれる。気づけばいつもの結婚式場横の交差点で、信号機の点滅を見守っていた。
「あぁ、引っかかっちゃった」
貴女が穏やかにつぶやいた声に、嫉妬しそうになる。
あの人──彼は、貴女のそんなところに惹かれたのだろうか、なぜ私は貴女ではないのだろうか、なんて思ってしまうから。
そんなことを考えていると、また視界が隅から滲んだ。私は頭を振って思考を遠くへ追いやる。
目の前を犬が乗ったセレナが駆け抜けていく。車が切り裂いた微妙な湿気が私たちを襲った。
「あ、そうだ」
貴女はふいにスマホを取り出し、数回スクロールしたのち、私に画面を見せた。
「最近絵を描いたんだよね」
そこには、色鉛筆で描かれた虹が写っていた。
「綺麗⋯⋯さすがだわ」
そう、貴女は清らかな心の持ち主。努力もしないくせに、貴女を妬む気持ちを生んでしまう私なんかとは違って。
杖をついたおじいさんでも、大鎌を持った死神でも、躊躇いなく助けるのが貴女。
私はそんな貴女のことが好きなの。当たり前でしょう?
だから、彼が持っているシクラメンの鉢植えも、シャツの柔軟剤の香りも、全部貴女のものなのだ。
「飲み物何がいい? 買ってくるわ」
私はすぐそこにある自販機を指さした。
こんな日にはココアが飲みたくなる。風が冷たくて、通りすがりに私の心を抉っていくような日には。
コーヒーの甘いやつ。貴女の希望を叶えるため、私は自販機にお金を入れた。
「あったか」
缶を握りしめて暖を取る。開けてもいないココアの温かさが身に染みた。
軽く振ってからプルタブを押し上げる。金属と液体の混ざり合った高い音が、人通りの少ない路地に弾けた。
貴女も軽快にコーヒーを開けたあと、嬉しそうに口に含んだ。私の瞳は、貴女の喉の動きにまで引きつけられる。
不意に思い知らされる。
そうだ、私は貴女にはなれなかった。
貴女のことも、彼のことも恨めないのに。
いつか胸の奥でくすぶるこの想いを、貴女と笑い話にできる日が来るのならば。
その時は、二人でワインでも飲みながら語ろうか。
手の中のココアがワインに変わる日を想って、私はそっと息を吐いた。
視界の隅で、空が茜色に染まっていく。




