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貞潔は記憶  作者: monoplayer
1章(記憶編)
2/5

二話 楽しい遊び

「じゃーな。次は誘わないからな、土井」

「うん。だから、また今度遊ぼうね」


そんな頓珍漢な会話をして宏樹と別れる


「僕達も帰ろうか」

「‥うん。そうだね」


宏樹と違って、僕と里月は変える方角が全く一緒だった


「いやぁ、今日は楽しかったね」

「楽しかったのは、里月1人だったと思うけど‥」

「そう?大和もあれ見て笑ってた気がするけど」


里月はえげつない

宏樹がアリの巣にバケツで水を流し込もうとするのを、里月が片っ端から妨害していた

挙句の果てに、そのバケツが宏樹にぶっかけられて不憫と言う他ない


「‥」

「‥」


会話が途切れる

ただ、夕暮れで赤く染まった太陽を見つめながら、帰路に着いていた

交通の量が多い大通りではなく、少し外れた道で帰っているせいか、通る車はとても少ない


「―――」


どこかから、とび職のお兄さんの声が聞こえる

また、新しい建物でも出来るんだろうか


「‥この街も変わってきたね」

「‥え?」


不意に里月がつぶやく


「お母さんから聞いたんだけどね、私達が生まれる前はもっと建物も、車も、人も居なかったんだって」

「でも最近になって、いろんなものが入ってきて、この街も変わってきたって言ってた」

「‥僕達が生まれた頃はもうこんな感じだったけど?」

「そうね、だからこれはお母さんの受け売り」

「お母さんは何も言わなかったけど、もう少し静かな方が私は好きだな」


幼い頃は分からなかったけれど、どうもこの街は他の区と比べると『田舎』と呼ばれる地域だったらしい

どれくらい田舎だったかというと、僕と里月は、学校から少し離れた場所に住んでいたから、しばらくの間車で送り迎えをして貰っていたほどだ

最近になってバスが通るようになったし、身体も大きくなったから歩いて帰れるようになったから良いのだけども


「まあ確かに、うるさいのは里月だけで十分だよな」

「なにそれぇー?いじわる」


里月がからからと笑う


「あ‥」


学校では見れない柔らかい微笑み

本当に、その表情は魅力的で思わず見入ってしまう


「あ、あのさ!里月!」

「ん?なぁに?」

「あ、あ‥いや、なんでもない」


喉から出かけた『好きだ』という言葉を無理やりに抑える

僕がこの言葉を言った時、里月はどんな表情をするんだろう

困った表情?嫌がる表情?それとも‥

だめだ‥僕にはこれ以上の言葉は出ない

もしかしたら、その里月の笑顔を破壊してしまうと考えただけで、喉がひゅうひゅうと乾いた音しか出なくなる

『やらない後悔より、やる後悔』?そんなこと誰がわかる

絶対にやった後に後悔する方が辛いに決まっているんだ

だから僕は‥これ以上は望まない 


「変な大和」

「大和が、私に何を言いたいのか分からないけど、私にとってそれは些細なことだと思うよ」

「‥」


まるで見透かされているかのような台詞

里月は、一体どこまで僕のことを見透かしているんだろう


‥‥‥

‥‥


「じゃあ、私はここで」

「うん、ばいばい」


手を振って見送る

長い髪を揺らして、閑静な住宅街に溶け込んでいく里月を、見えなくなるまで見守った


「‥帰るか」


鉛のように動かない脚を、そんな言葉で奮い立たせる


‥‥‥

‥‥


帰路につく

僕と里月の家は、川を隔て、橋を渡った両端にある

その距離は、数値よりもあまりに遠く感じてしまう

たったそれだけのことなのに、異世界に迷い込んだようで、ここに独りでいるのは怖い

そして、この異世界を私物のように操るクラスメイトもまた、怖かった

だからこそ、里月は僕にとっては例外だ

里月と僕は学校がある地域からかなり離れている

なんというか、里月とはそんな『アウェー感』を共有しているがために波長が合うのだ

そして、僕にとってそんな怖い『異世界』に手をとって連れていってくれる案内役でもあった

僕が新しいところに行く時、絶対に里月がいた


‥‥‥

‥‥


僕の家は世間から見るとそれなりに豪華に見えるらしい

橋を渡った先にある高くそびえ立ったマンション

暖かな色調で作られた建物は『橋の向こう側』よりも、よほど有機的で落ち着く

でも、ここは孤独だ

周りを川で囲まれているからだろうか

外界と孤立し、陸の孤島と化したここは寂しささえも稀に感じる


‥‥‥

‥‥


「ただいまぁ」

「‥」

「ま、誰もいないよな」


家は完全に締め切っており、電気の一つも点いていない

親は恐らく‥仕事だろう

リビングに行き、食卓を見た

『今日もまた遅くなります。家にあるもので適当に食べてください』

そんな書き置きが残っていた


「…今日も遅いのか、母さん」


炊飯ジャーには米もあるし、冷凍庫を見れば電子レンジで食べられる食材が山ほどある

これならば、空腹には困らなそうだ


………

……


部屋着に着替え、風呂に入り、適当なチャンネルに合わせてテレビを点ける

そして、冷凍庫から食材を取り出し、電子レンジに入れる

テレビから漏れでる歓声と、レンジからの電気音の双方を聞くと、本当に耳障りだった


「あ、そうだ」


一番大事なことを忘れていた

部屋の外れに向かう


「ふぅ…」


線香を点け、遺影に向けて手を合わせた


「父さん…」


ひとりごつ

僕の父親は、4年前に死んだ

死因はがん。まあ…日本人にはありがちなヤツだ

父親が末期がんを宣告され、それが僕に伝わった時、何を思ったのだろうか

冷たいことに『ああ、当然だな』と思った気がする

まだ僕が両手で数えられる分別の付かない年齢でも理解したように、明らかに不健康で不摂生な生活を父親はしていた

でも、当時は何も思わなかったが今ならわかる

父親を失ったことがどれだけ深刻なことか

別に、亡き父親のことを想って毎晩枕を濡らすとか、他の父親を見て羨ましく思ったことは無い

でも、『家族のあり方』は大きく変わってしまったように感じる

母親は僕を育てるために毎日、一日中働くようになったし、会話も少なくなってしまった

決してネグレクトとか、DVを受けてるわけでは無いんだけども

元々3個で一つのものが2個になった時、変化があるのは当然だ

里月は言っていた

『この街は変わってしまった』と

それは何も、建物の数とか、風景だけではない

本当に里月が言いたかったのは、周囲の環境が変わっていくことへの恐怖ではあるまいか…

そして、その気持ちは父親を失った僕には痛いほどに分かってしまう


………

……


「ということで、来週からプール開きです」

「各自、水着を忘れないように」


次の日の帰りのホームルーム

坂野先生が突然そんなことを言う


「あ、そっか…そろそろプールの季節か…」


里月がつぶやく


「ねぇ、大和。貴方って泳げたっけ?」


里月は先生に顔を向けたまま、器用に僕に話しかけてくる

でも里月よ。ホームルームだぞ、僕に話しかけるな…


「シッ…また坂野先生になんか言われるぞ」

「私はいいのよ。ほら…優等生だし」

「そのようで…」

「それで?大和って泳げるの」

「うーん…微妙かな。普通くらいだと思う」

「まあそんなもんよね…毎年見てるけどそこまで上手なイメージは無いかも」

「え?喧嘩売りに来てる?」

「いやいや、そうじゃなくってね」

「もし大和が良ければどこかで練習でも行かない?っていうお誘いです」

「ほら、夏休みもプールの授業はあるじゃない?早く課題は終わらせたほうが夏休みは長く遊べると思うの」


どんな意図があってそんなことを…

それなら僕じゃなくても上手い子なんていっぱいいるのに…


「うーん、考えておく」

「なんか、里月とプールなんておっかない」

「えぇ?ひどいよぉ」


当然、里月は泳ぎがめちゃくちゃ出来る

誰かと練習することもなく、課題なんて直ぐ終わらせてしまうだろう

だから一層、僕のことを揶揄ってるだけなのではと思ってしまう


「私、夏休みとか暇なんだよね」

「両親からも休み中は外で遊んできなさいって言われちゃったからさ」

「だから、暇つぶし相手が欲しいっていうのが本当のところなんだけど」

「それなら…」


「…と言うわけで今日のホームルームはここ

で終了とする」


取り留めのないことを話している内に、ホームルームは終わってしまったらしい

里月と話してるのがバレなかったのが不幸中の幸いか


………

……


「おい大和、また土井と喋ってるのか?」

「流石に宏樹には分かってたよね‥」

「応とも!先生の目は誤魔化せても俺の目は誤魔化せんぞ」

「んで?なんの話をしてたんだ?」

「それは‥」

「大和とプールに行って泳ぎを練習する約束をしてたの」


後ろを振り返り、会話に参加する里月


「プール‥?土井、お前練習することも無いくらい上手いだろ」

「そう、だから大和に泳ぎを教えようと思って」

「え?そんな話一度も‥痛たたた!」


宏樹に分からない角度で腕をつねってくる


「ふーん‥まあ確かに土井だったら申し分ないな」

「‥金刺も来る?今ならオマケで泳ぎを教えてあげてもいいけど」

「あー俺はパス、てか土井に教わるなんて絶対嫌だね」

「ふーん‥残念」


その割にはニコニコしてるけどなぁ里月


「てか、泳ぎなんて練習しなくてもなんとかなるだろ」

「宏樹、泳ぎ得意だもんな‥」

「確かに…金刺は得意な印象あるね」

「泳ぎが得意じゃないと、海の生き物なんて採れはしないからな」

 

こう見えて、宏樹は里月と同じくらい多芸だったりする

成績も上から数えた方が早いし、運動神経も良い

だから、宏樹と里月は案外お似合いなのかもしれない…


「あら?大和がなんか生暖かい目をしてる」

「なんかきめぇな」


…散々な言われようだ


「てかどうしよ…プールなら新しい水着買わないとだよ」

「え?どうして?」

「なんか最近、胸が大きくなってきて…」

「「えっ…」」


空気が、凍った

僕達はこの悩みについて、どう返答するのが正解なんだろうか

思春期の僕達には刺激の強い会話だった


「そ、そうなんだ…」

「まままぁ、そんなこともあるよなそりゃ」


僕達にはキョドることしか出来なかった…


………

……


「ねぇ、大和。一緒に帰ろ?」

「え?いいけど…」


………

……


昨日と同じ帰路に着く

こうして、里月と帰るのは頻繁じゃないけど結構ある

里月は優秀ゆえにいろいろなところに引っ張りだこなのだ

だから、こうして里月の方から誘ってくるなんて少し珍しい

いつもなら、偶然会うのが普通になんだけども

あと、今日は少しだけ空気が重い気がする

僕の勘違いだったらいいんだけど、里月の表情も微妙に硬い


「…とうとう夏も近づいてきたね」

「え?あぁそうだね…」

「…でも良かったじゃん。里月、夏好きでしょ?毎年どこかに旅行してるみたいだし」

「旅行…?あぁ、確かにそういう表現も出来るね」

「…なんか含みがある言い方だね」


里月の、真意が理解できない


「私がこの街を離れていることを『旅行』と表現するならそれは旅行なんでしょう」

「うーん…なんか謎々みたい」

「…」

「でも安心して、今年は『旅行』なんて行かないから。だから大和とも遊べるし」


まるで旅行に行くことが、悪いことかのような言い方だ

ますます理解が出来ない


「…今回限りなのよね、大和と遊べるのは」

「え?」

「ほら、私達今年度で卒業じゃない?」

「だから、大和といっぱい遊べるのも今年度で最後なのかなって」

「別にそんなことないでしょ。卒業後も遊ぼうよ」

「ほんとに?遊んでくれるの?」

「うん?そうだよ」

「ふふ…嬉しい」


不意に、里月の顔に影が差す


「でも、そうはいかないかもしれない」

「どうして?」

「私ね、この街が嫌いなの。いえ、厳密に言ったら『今の』この街が嫌いなの」


『お母さんは何も言わなかったけど、もう少し静かな方が私は好きだな』

そんな昨日の会話を思い出す

やっぱり、僕の想像通りなのかもしれない

里月は周囲の環境が変わっていくことを…


「…じゃあ、卒業後はどうするの」

「私、どこか遠くに行きたいな。この街を忘れさせるほど、静かで、変わらないところ」


彼女が空を仰ぎ見る

僕も見た

昨日よりも雲が多いせいか、空は一層赤黒い


「そうね‥北海道とかどうかしら?」

「それは‥ずいぶん遠いね」


里月はたまにこんな詩的なことを言う

でも、その意図は6年近く関わって来たのに分からずじまいだ


「もしも、もしも私が遠くに行っても変わらずに友達でいてくれる?」

「それは‥分からない」

「ふふ‥大和らしい回答。そうよね、誰も未来のことなんて分からないんだもの」

「ここで無責任に首肯されても、困っちゃうし」


里月が前へ走り込み、僕の顔を覗き見た


「あ、そうだ。私ね。明日誕生日なの」

「へえ…そうなんだ…」


知ってる。恥ずかししくって言えなかったけれど毎年覚えてる


「毎年何かしらくれるよね。それも結構豪華なの」

「…違うよ。たまたま持ってたやつをあげてるんだ」

「ふふ‥素直じゃない子‥そうよね。『たまたま』持ってたものをくれてるんだものね」

「明日も、『たまたま』持ってるものをくれると嬉しいな。それも、とびきり豪華なの」

「…考えておくよ」

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