一話 懐かしい記憶
人はおしなべて、過去の記憶を美化する傾向にある
それが当時、どんなに辛い記憶だったとしても『あの頃は良かった』と良い方向に結論つけようとする
本能‥なのだろうか
人は過去を振り向き続けるだけでは生きてはいけない
社会に、集団に生きている以上はその年齢と環境に合った振る舞いが求められる
人は変わらないままでは生きてはいけない
だからこそ、前を向き続ける力が俺達にあるのかもしれない
だが、ある出来事に対して強烈に後悔を残した時、人は突然にも立ち止まってしまう
後悔は未練である
何も成せず、辛いとか、楽しいとかの感情を伴わないその経験は鎖で縛られるの如く、見開かれた目を過去へと誘っていく
‥‥‥
‥‥
‥
5月某日
「‥」
時刻は8時ちょうどくらい
5分前くらいまではあんなにも静かだった教室はだんだんとうるさくなってくる
そんな、教室のさわがしさを眺めながらドアをチラチラと見てしまう
「ヘンタイか‥僕は」
僕には気になる人がいる
身長も高いし、運動も出来るし、頭もいい
その優秀さと言ったら、クラスで浮くくらいなのだけど‥
でも僕はそうじゃない
何か凄い才能を持ってるわけでもないし、頭だって良くない
だから釣り合わないのは分かってるんだけど‥
(ガララ‥)
き、きた!
「‥っ!」
僕は咄嗟に机に置いてある教科書を適当に開いて、視線を逸す
『---盗みをしてしまったという気持ちより、自分がつぶしてしまった、美しい、珍しいちょうを見ているほうが、僕の心を苦しめた』
『---彼は出てきて、すぐに、だれがクジャクヤママユをだいなしにしてしまった、悪いやつがやったのか、あるいは猫がやったのかわからない』
『---しばらくじっと僕を見つめていたが、それから、「そうか、そうか、つまり君はそんなやつなんだな。」と言った』
違う、僕はそんなやつじゃない!
僕はヘンタイなんかじゃ無いんだ!
「‥」
「ねえ、何ブツブツ言ってるの?」
「うぉっ!」
顔を上げてみると、視界いっぱいにあの子の顔が‥
「おはよ!大和!」
「今朝も早いね」
「お、おはよ‥」
彼女は僕の机に手を置き、前のめりになって顔をのぞき込んでくる
せっかく向こうが目を合わせて挨拶してくれるって言うのに僕は下を向いてそっけなくしてしまう
もっと昔は、男子とか女子とか関係なく遊んで回っていたのに‥
今はこんなにも意識をしてしまう
これが『シシュンキ』ってやつなのか
そんな僕をニヤニヤと見つめている
「な、なんだよ里月‥」
「ねぇ、さっきまで教室のドアのとこずっと眺めてたよね?」
「な、な、なんでそれを」
「あれで気付かれないと思った?わざとらしすぎるって」
「うぅ‥」
顔が一気に真っ赤になるのが分かる
こんな話、広まったらみんなに揶揄われちゃうって!
そんな表情を知ってか知らずか、さらに里月は厭味ったらしい笑みを浮かべる
「それで?なんで私を見た瞬間、そんなにキョドってるの?」
「そ、それはぁ!オマエの顔なんか気持ち悪くて見てられなかったんだよ!」
「へ、へぇ~?」
「小磯くん、そんなこと言っちゃうんだ?」
こめかみに青筋を浮かべている
やべぇ怒ってる!
でも、なまじ笑顔なだけにめっちゃ怖い!
あと、なぜか名字呼びだし!
「‥そういう、人の容姿に関することはイジっちゃいけないって、こないだの道徳でもやってたでしょ?」
「それに、この程度のこと両親にも教えられると思うんだけど」
…本当にその通りでごもっともだ
でも、ここで『里月が来るまで眺めてました』なんて言ったら…想像がつかない
「ほ、本当のことなんだからいいだろ?」
「先生に『嘘はついてはいけません』って習わなかったのか?」
こんなの、誤魔化しだし、言い訳って事くらい分かってる
「ふーん…まあいいけど」
「君には、2つの選択肢を与えよう」
「え?なんだよいきなり」
「ここで私に謝るか、社会的に抹殺されるか」
「抹殺!?」
怖すぎだろ
「…」
「ごめんなさい…」
「うむ。よろしい」
やはりというか、なんというか…
里月には敵いそうにない
「でもサァ…私ってそんなにブサイクかな」
「今週も二人の男の子に告白されたんだけど」
「みんながみんな、私のこと可愛いって言ってくれるよ」
「そうなの!?」
「近い近い、顔が」
思わず立ち上がってしまう
「そ、そ、それで…返事はどうしたの?」
「返事?あぁ、全部断ったよ」
「そ、そうなんだ…」
ホッとしたような、それでいて残念なような…
どうも里月はこういう色恋沙汰に疎い
「でも、里月なら引く手あまただろうに、なんでokしないの?」
「うーん、なんでって言われてもね…」
「…でも、そんなに私のことが気になるんだ?」
ニヤニヤとまたそんなことを言い出す
「それは語弊がある言い方だからやめろ!」
「ふふっ…冗談よ冗談」
「…あ、チャイムだ」
時計をチラリと見ると、とうに20分が経っていた
教室を見ると、先程までの静けさとは変わり、騒がしい
「また、後でね」
「…」
手をひらひらと揺らして、自分の席に向かう
その姿はなんだか様になっていた
そう思ってしまうのは惚れた弱みというやつなのか
………
……
…
里月、土井里月
この女の子は、成績優秀、スポーツ万能、その他思いつく限りの教養を、齢10にして全てを持っていた
そう、僕とは比べ物にはならないほどに‥その姿は美しく、近寄りがたい
「であるからして‥この問題の答えは‥」
今日もいつも通り、悪く言えば取り留めのない授業が続く
でも最近になって、それは変わった
「っ‥」
開け放たれた窓から、強風が教室に流れ込んだ
「あ、やだ‥」
目の前に座っている女の子は、その長い髪を必死に抑える
宙に浮いたその髪は太陽に照らされてキラキラと輝く
「里月、そろそろ髪でも切ったらどう?」
「めっちゃ邪魔なんだけど」
小声でそんな悪態を吐く
当然そんなことは全く思っていない
むしろ、里月には髪を伸ばし続けていてほしい
「うるさいな‥そんなの私の勝手でしょ」
そう小声で言い返した
目は笑っているところを見る限り、本気で怒っている訳ではないみたいだ
「‥でも、大和が本当に切って欲しいって言うなら‥切るよ?」
「えっ‥」
心臓が一拍ズレる
「‥なんてね、バーカ。嘘だよ」
「‥」
やはり、この子には敵いそうにない
「おい、そこ!雑談をするな!」
「「‥」」
「あちゃ~」
里月が軽く嘆息する
「なんだ、土井じゃないか。成績優秀な君なら、俺の授業は聞かなくても分かるということだな?」
学年が上がり、担任の先生は坂野先生という中年の男になった
この先生は、巷ではこの学校の中で一番厳しいと有名だ
なんていうか‥そういう不真面目な行為を一切許さない熱血漢だった
「いやぁ‥そんなことは‥」
流石の里月も歯切れが悪い
「じゃあ、この問題を解いてみろ」
いつの間にやら、黒板には問題らしき文字列があった
どうやら、俺達は黒板を見ることもなく、雑談していたらしい
「ん‥」
「その答えは‥」
しかし、里月はそんなことも意に介さず、簡単に答えてしまった
「ふぅむ‥正解だ」
「土井、お前は頭が良いんだからよそ見をするなよ」
「はぁい」
「あと、お前もだぞ、小磯!真面目な土井のことだ、お前が唆したんだろう?」
「今回は、里月に免じて許そう。次は無いからな」
「は、はい!」
里月はまたチラリと俺を見た
「ふふ‥怒られちゃったね」
笑い事じゃないよ‥
先生に怒られた気恥ずかしさと、それを里月と一緒に受けるというこそばゆさ
学年が上がって、変化したのはそこだと思う
里月が僕の近くにいる
それだけで、毎日が心躍る生活になっている気がした
‥‥‥
‥‥
‥
「おい大和」
「‥ん?」
授業も終わり、ホームルームを待つだけになった頃
「今日暇?暇なら遊ぼうぜ」
「なんだよいきなり‥」
このふてぶてしく近づいてきた男の名前は、金刺宏樹という
まぁ、幼馴染と言うべきか
そんな感じの関係だ
コイツとの腐れ縁の程度と言ったら、とてつもない
この学校では一学年のクラスが二つしかないため、同じクラスになるのは単純に50%ほどの確率なのに、宏樹とは6回のクラス分けを経ても一度も離れたことがなかった
里月曰く、6回のクラス分けで全部同じクラスになるのは1%ほどらしい
「近くの公園でさぁ‥アリの巣見つけたからさ、これは弄くり回すしかないでしょ」
「悪趣味だなぁ‥」
「いやいやいや、これは愛のある楽しみ方なのさ!」
「‥」
「その愛で、痛い目に遭ってるのは僕なんだけどぉ!」
「うーん‥」
「それはしゃーない!切り替えていけ!」
ドラマで見たようなサムイセリフを吐きながらそんなことを言う
宏樹は確かに良いやつではあるんだけど、生き物に対する執念が異常だった
わざわざスズメバチの巣を破壊して回ったり、アリの巣を見つければたちまち洪水を起こすなんて日常茶飯事だ
そのおかげか、宏樹の回りには女子は寄り付いて来なかった
そして、僕にもその悪評が飛び火するから謹んで欲しかったりする
「ふーん‥面白いこと話してるのね」
「げっ、土井」
「‥なんで『げっ』なのか分からないけど‥」
「また、虫を虐めるつもりなんでしょ?」
疑わしそうな、半目で宏樹を見つめる
「虐めてない。遊んでるだけだ」
「ふーん‥どうだか。そんなことしてると女の子にもモテないよ?」
「ぐぁ‥」
哀れにも宏樹は床に倒れ込む
あぁ‥思春期真っ盛りの男に言ってはいけない事を‥
「貴方もだよ、大和」
そんなことも意に介さず、こちらに視線を向けてくる
「いや、僕はそんな悪趣味なことは‥」
「知ってる。でも、友達がヒドイ事をしてたら止めるのが、人情ってもんじゃない?」
「ニンジョウねぇ」
「まあいいや」
「金刺と大和が遊ぶなら、私も遊んでいいよね?」
「‥やだ」
「え?なんで?」
「オマエ、友達いないのか?俺達なんかより、他の女子と遊べばいいじゃないか」
「‥そうね、うん、そう。私、友達居ないから、大和たちと遊びたいの」
「‥っ」
その切り返しに一瞬言葉に詰まる
里月のこの発言は嘘だ。
周囲に人間は絶えないし、先生からも信用されている
これで友達がいないなんて言ったら、僕達はどうなってしまうのか
「嘘付き、オマエめっちゃ友達いるだろ」
「あ、バレた?」
「まあなんというか、お姉さん的な視線?貴方たちじゃ、遊ぶにも心配だもの」
「なんだそれ。信用されてねぇな」
「それで‥どうなの?私は遊んでいいの?」
伺うような視線をこちらに向けてくる
少しかわいいと思ったのはナイショだ
「まぁ‥いんじゃね」
「ふふ‥ありがと」
「待て待て!なんでコイツが行くって決まったんだよ!」
宏樹が床から這い出して復活したらしい
「あ、起きた」
「もうちょっと寝てても良かったのに」
里月が息を吸うように毒を吐いた
「ヒドイな!オイ!」
「俺は反対だぜ。土井と遊ぶなんて」
「‥そう言って、本当に遊ばなかった日はあったか?」
「宏樹、諦めようぜ。里月に目を付けられた瞬間終わりだよ」
「くそぉぉぉぉ!」
「なんか私、邪険にされてない?」
宏樹だって、見た目では嫌がってるけど、内心それほどではない気がする
そうじゃないと、こうも頻繁に遊ばないからな
多分




