第2話 僕ら殻人だったんだって。
学校からの帰りの路地。いつもと同じはずの住宅街に、僕と蒼空はいる。
目の前に男もいて、彼は、突然こんなことを言った。
「デスモセス様の邪魔はさせぬ」
まずそれは誰? こちらがデスモセスとやらを知っていると思って言っている?
何から何まで意味不明だ。男自身も、黒っぽいロックな衣装に身を纏っていて、一歩間違えれば変質者――いや、暗殺者だ、ファンタジーとかの。
「何の話ですか。意味もわからないし突っ掛かって来るなら通報しますよ」
とりあえず僕が言っておいた。
すぐ隣に、いつもの如く、同じ高校から帰宅途中の同級生の姿。幼馴染女子の宇口蒼空はビクビク怯えている。
今にも殴り掛かられそうで――
ここは僕が頑張らないと。
そう思って一歩前へと進み出た。
「維都くん……」
安藤維都。それが僕の名前。
名前を呼んだ蒼空は僕の袖を掴んでいる。
僕の胸には熱が燃えた。この危機をかいくぐるための熱。
とにかく僕は、曇天の下で蒼空よりも前に出て、庇うポーズを取った。
「僕か彼女に何かしようものなら――」
「ほう? 何かするなら何だと言うんだ?」
男は、そう言うと、首から下のほとんどが赤い甲殻に包まれたんじゃないかという変化を見せた。服で見えていない部分ももしかしたらそうなっている。
それで思った。あ、この人、殻人だ! って。
殻人というのは、この世界では常識の殻人界の人。たまに人間界にやって来るらしい。ただ、今回は普通の来訪とも違いそうだけど。
そんな路地にもう一人現れた。横から、僕らの前に、男と僕のあいだへと歩いてきた――のは、バーテンダーのようなシックな服装の女性。ホワイトブロンドの髪が長い、背筋のピンとした人だ。
「させませんよ」
そう言ったその女性にも甲殻が現れた。まあ、男と違って涼し気な瑠璃色だったけど。
「お下がりください。わたくしが相手をします」
あれ? これバトルの展開だ! と思った直後、その男と女性がとにかく攻防を繰り広げた。拳も出るわ蹴りも出るわ。肘打ち。平手も。もう凄いやり合い。
ある時、男の方から、幾つもの赤い棘が飛んだ。
危ない!
と思いきや、女性は、そのほとんどを足元に叩き落とした。でもって、そのうち叩き残した二本を――彼女の斜め後ろにあるのに――そこにあると分かっているように左回し蹴りで横の塀へ叩き付けた。かなり近くまで飛んできていたのに、恐ろしい精度だ。
そのあとすぐに、その女性は強く地を蹴ったみたいで、男に急接近。この時にも女性に向かう棘があったけど、それさえほぼ見もせずに横に叩き払いながら。
「なっ!?」
と驚いた男は、一発の蹴りを入れられると、倒れた。
――あ、男の甲殻が消えた。
それが分かったのか、女性も甲殻を消した。
守ってくれたみたいだ。でも。いったいこれって何?
「説明します。ですが、ご自宅へ急ぎましょう」
「え? あ……でも。どちら様か聞いても?」
僕がそう言うと、女性はこちらに、その緑に輝く鋭い目を向けてきた。
「わたくしはリメニア。殻人界の王宮で仕えております。あなたがたを守りにきました。特に蒼空様を」
「え、蒼空を?」
狙われたのは蒼空?
話もほどほどに三人で家へと急いだ。でも途中聞いてみたくなって――
「あの男、どうするんですか?」
「あれはエオデロという男です。よく知っているのは同僚だからで――」
「え! ど! なんで同僚が」
僕がそう聞くと。
「誰かの命令を受けたんでしょう。今、誰が王を継ぐかという話で持ち切りなんです」
「そ、そんな……」
それ以上何も言えずに、蒼空は困惑の顔を僕らに見せるだけだった。
蒼空にとって、これは単純に、自分のことだ。なげくのも当然。そうだよなぁ……。
「あの男は仲間が殻人界へ連れていきます、牢に入れるので心配なく」
ふと思った。そういえば誰かの邪魔はさせないとか言われたはず。
そのことを話すと、
「なんという名前でしたか?」
ってリメニアさんが言ったから。
「えっと……デ、なんとか……五文字くらいの」
「デスモセス様、ですか?」
「それそれ! 様も付けてた!」
指を前に出して、それが正解だと示すと、そんなこちらへ、
「仲間に連絡しておきます」
とリメニアさんが。
三人で急ぎつつという中で、リメニアさんはスマホを取り出した。人間界の物をちゃんと持っているみたいだ。
全力で走った訳ではないけど、かなり急いで動いた。で、自宅マンションに到着。204号室が安藤家で、その隣の203号室が宇口家だ。とりあえずリメニアさんにそれを教えると――
「宇口家でまずは話を」
203号室に入ってすぐ、蒼空のお母さんと目が合った。家族ぐるみで理解しないといけない問題だよなあって頭に浮かぶ。
起こったことや途中で話した内容についてをここでも話した。
でも、王を誰が継ぐかという話なのに、なんで蒼空が狙われて――? と思っているところへ、「あのね」と、蒼空のお母さんの声が。
「私と蒼空の血は繋がってないの」
「え!」
蒼空自身も驚いた。そりゃそうだ。自分に関するとんでもないこと。それに予感もしたはずだ。
「じゃああたしは」
「ええ。王の血を引いているんです」
「だからあたしが?」
「邪魔だと思ったんでしょう」
「邪魔にならないのに!」
「証明されませんから」
「……殻人界って、そうなの?」
それは、どう考えても、争いの世の中なのかと憂えての言葉だった。
蒼空がそう聞くと。
「違いますよ、企てた者と関与した者だけです」
それなら、と少しは安心したけど。そんな僕の横からは、震える声が聞こえ始めた。
「だ、だとしても。あたし、殻人界に行きたくない。女王になんてならないよ。なりたくない」
「ならなくていいよ!」
僕はそう言って、叶って当然という顔をした。
「だってなりたくないんだから。蒼空にはその意志がないんだから! ねえ、えっと、リ……」名前を忘れ掛けたけど。「リメニアさん。ならないようにできるんでしょ?」
僕が顔を向けると、リメニアさんは、さっきみたいに守れる自信があるのかどうなのか――それでも真剣な眼差しを変えなかった。
「ただ、狙われるかもしれませんよ」
「だったら僕だって守る! 僕が守る! リメニアさんも守ったでしょ、あんな風に――は無理かもしれないけど、僕も守る!」
「ただの人間では…………ん?」
リメニアさんは下の方を見た。なんで?――と僕もその視線の先を見た。
僕の手の甲に、虹色の硬い皮膚が。
ん? いやこれ――。
「守れるかもしれませんね、私のように」
リメニアさんは薄く笑った。
「安藤家は殻人の家だったようです。以降はそちらで話すことにしましょう。ただひとまずは――」
そう言うと、彼女はスマホを何度か触った。どこかへと連絡したらしい。どこへだろう。
それにしても。
蒼空は一人っ子だ。蒼空のお母さんとふたり。お父さんはいない。小さい頃に事故で亡くなったとかで。
「でもそれも本当じゃないの」
ということまで含めて、衝撃の連続だった。
育ての母との母子家庭――ここはそういう家庭だった。そんな蒼空が狙われるなんて。
「蒼空、僕、守れるようになるから」
「維都くん……」
その時だ、インターホンが鳴った。一瞬、体がビクッとした。
「来たよゴニアータだよ」
急に聞こえたのは男の声だった。
リメニアさんが「仲間です」と静かに教えてくれたあと、蒼空のお母さんが、うなずいて、玄関へ向かった。
彼が連れられてくると、まずリメニアさんが喋り出した。
「自宅が襲われていなくてよかったです、とりあえず隣へ」
その言葉を切っ掛けに、僕の家へと移動した。
それにしても、どういうことだ? 僕も殻人だった。そんなの知らなかった。でもそれなら、僕のお父さんも? お母さんも? それとも? どうだとしても、とにかく僕は――蒼空を守る。




