令嬢のお茶会
アレックス・インダムとの思いもかけない遭遇とハプニングで、私はどうしたらいいのか分からなくなって逃げ出してきてしまった……
春先の、まだ生え始めの鮮やかな緑の芝生が続く丘に馬を走らせながら、ようやく自分が何をやったのか気づきだす。
私 挨拶を何もしていない 始めも 終わりも
愕然とした————
なんてことだろう
行儀も、作法も、全て忘れてしまっていた
それどころか、一言だってまともに言葉も発せずに去ってしまった
丘はもう過ぎ去り、ラトリッジ伯爵邸へと近づいていた。
私は、中で待っていてくれる親友に すがりつきたいような気持ちで、そびえ立つ豪奢な館へと必死に馬を走らせ続けた。
◇◇◇◇◇◇◆◆◆◆
今はダリントン子爵夫人になったロゼッタは、昔と同じ笑顔で私を迎えてくれた。変わったのは称号と名字、そして内側から溢れ出る幸せの輝きと、ややふっくらとしてきたお腹だ。
「元気そうで良かった、ロゼッタ。つわりがきているとは手紙に書いてあったから、行っていいものか悩みもしたの。でも、どうしても会いたくて」
部屋に入るなり、私はベラベラと話し出した。礼儀に反するわけではないはずだけれど、やっぱり今日の私は まだ どこかおかしい。
「全然かまわないわよ。むしろ来てもらわないと困るくらい。馬には流石にしばらくは乗れないから。
つわりは、朝は最悪!でも、今は大丈夫よ。
それに話し相手がいてくれた方が良いみたい。兄はあんなんだから相手にならないし、お母様は心配ばかりいうから うんざり。セシリアが来るの、夢に見てたくらいよ」
ラトリッジ伯爵と同じ漆黒の黒髪をもつロゼッタは、明るくてユーモアのある気の良い友人だ。今も、会話の最後にウィンクまでつけてくれたので、私は笑ってしまっていた。
「実は……きいてほしいことがあって……」
「なぁに?ドナルテ子爵のフィンガーボールの話だけは嫌よ。もう何杯フィンガーボールの水を飲み切っているのかしら?毎回毎回空になるところまでいくのよ。あれに付き合うのは、私にも胎教にも良くない。絶対よ」
笑いが止まらなくなるので、親友に注意しよう。
「ねぇ、真面目に聞いて。さっき私大失敗してしまったの。とんでもなく無作法なことをしてきてしまったわ。その……最もそうしたくない相手だったのに」
途端に、ロゼッタは身を乗り出してきた。
「完璧な令嬢のセシリア・マースデンが無作法?真剣に聞きますとも!さあ、何があったの?話してみて」
キラキラと好奇心に輝く親友の瞳に、私は少し声をひそめた。ティーセットを給仕してくれたメイドは、扉の外に立っているだろう。
「それが……お尻を触られてしまったの」
「お尻!?あなたのお尻を!?よりによって大公令嬢のお尻!!無作法どころか犯罪だわよ、それは。ええ、重大事件よ」
なんだかだいぶズレて伝わってしまっている。
「違うのよロゼッタ、落ち着いて。彼は私のお尻を確かに……それは、それはしっかりと触ったのだけれど、仕方がなかったの。それに対して無作法をしたのは、私の方なのだし」
なんと、これを聞いてロゼッタは立ち上がってしまった。
「何?何なの?どういうこと? "彼" がしっかりあなたのお尻触ってるのが仕方ない状況って何?しかも、そこで、あなたの方が無作法な行為をしているって?セシリア!あ、あなた……一体どうしちゃったのよぉ!!!」
妊婦は感情的になりやすいとは私も周囲から聞いていたので、ここは、冷静に友人をなだめる。
「ロゼッタ、まず座りましょうよ。様々な間違いを直すから。それから私達 "お尻" を連発し過ぎかも。胎教に悪いんじゃないかしら」
キョトンとした親友に、今度は私がウィンクしてみせた。
……連発しました。R15もしておきましたが、大丈夫なことを祈ります。