初対面
アレックス・インダムだけでなく、他の男達も私の存在に気づいたようで、あちこちからの視線を感じた。
ただ、私の瞳は彼にしか向いていなかった。
彼は周囲の男達に何か話すと、こちらに向かって歩き出した。その脚の運びの凛々しさだけで、私は息をすることも忘れそうになる。軍隊仕込みのせいもあるのだろう、全く無駄無く真っ直ぐにこちらに向かってくる。
彼が自分に向かって歩いて来ていることに 理解がようやく追いついてきて、
どうしよう?
どうしたら良いの!?
と、小さなパニックを起こしそうになった。
けれども、そこは、これまでの鍛錬と経験が役に立った。
近づいてくる新手を感じとる馬を制し、悠然と馬上から相手を見下ろす。顎を水平に保ち、目線は落とす。
……ああ、きっと今私は高慢ちきな女に見られているんでしょうね
だけど、他の対応の仕方も知らなかった。
サー・インダムは私の数メートル手前で脚を止め、口を開いた。
「来訪に感謝致します。連日お騒がせしておりまして申し訳ありません。見ての通り、改築工事中なのです。暗くなる前には、必ず静かになりますので。
今は来客への対応もままならなくて……。お名前を聞かせて頂ければ、後日正式に謝罪に伺います」
彼の言葉を聞いて、またさまざまな思考と想いが湧き上がる。
まず、この人は私が誰だか全く分かっていない。顔を合わせた紹介はなかったとは言え、昨夜晩餐会が一緒だったのに……
でも、この口調は家主のものだ
戦勝の功績に、ラトリッジ伯爵から領地を寄与された?
だとしたら、住まいだけは分かった!しかもうちの別邸の隣りなんて!!!
……正式な謝罪?そんなものはいらないのに。ああ、でも彼が屋敷に来てくれると言うこと?
彼が?屋敷に?彼が?
怒ってもいない。謝罪もいらない。だけど彼が……彼が……私に会いに来てくれたのなら……
私があまりにも何も言えないでいるからか、後ろからミスター・ロッドが助け船を出してくれた。
「こちらはクレイモント大公の長女、レディ・セシリア・フィリス・リル・マースデン様です。大公領はあなたのマナーハウスのすぐ北側になっているのですよ」
サー・インダムはハッとすると、すぐに芝生に膝をついた。
「度々ご無礼を申し訳ありません。クレイモント大公の御令嬢とは全く気づいておりませんでした。昨晩はその……席もかなり離れておりましたので。
先月女王陛下の御前にて、ラトリッジ伯爵様より荘園領主としての館と領地を授与されましたアレックス・セイム・インダムと申します。
近くにクレイモント大公領があるとまでは聞いていたのですが、隣接とは知らずにいました。挨拶が遅れまして誠に申し訳ございません」
騎士爵の称号に相応しく、彼は左足を立てて跪き頭を深く下げている。
でも、私にはその姿がなんだか虚しかった。
数メートルまで近づいても、私達は酷く離れている。
それに、彼の眼中に私はいないのだと明確に分かった……
気落ちはしたけれど、こちらも挨拶を返そうと口を開いた時だった——
ワァッ
と、賑やかな歓声が館内から聞こえ、北側の扉の一つが勢いよく開いた。そして、中から5、6人の子供達がこちらに駆け出して来たのだ!
アレックスは瞬時に顔を上げて
「こら!お前たち!!!」
と叫んだ。
だが子供達は怯まず、むしろ彼の近くを走り回る。
大声や子供達の騒ぎで、愛馬は落ち着けず蹄を踏み始めた。
「危ないです、お嬢様!コラお前達、馬の周りで騒ぐんじゃない!!!」
ミスター・ロッドの怒鳴り声は子供には効果があって、彼らはようやく走るのを止め始めた。だが、馬はさらに興奮したようで、いよいよ後ろ脚と前脚を蹴り上げ始めた。
私は横乗りの体勢でしがみつくことしか出来なかった。それでも揺らされ ずり落ちる!
「…………っ!」
ギュッと目を閉じて落馬を覚悟した ——その時に……臀部への支えを感じた。誰かが引き綱を強く引いて、馬に声をかけている。
この声って……まさか……
「よしよし、驚いたよな、いい子だ。もう大丈夫」
馬はブルルと鼻を鳴らしているが、それは興奮をおさめるためのようなものに変化していた。踏み鳴らしも浅くなってきている。
引き綱にしがみつく自分の手袋をした手の横に、浅黒い素手の男性の左手があった。そして、臀部には押し上げるもう一方の手をしっかりと感じる。
イッキに体温が急上昇して、慌てて馬によじ登った。
彼の右手は離れた…… 私のお尻から
やがて馬が完全に大人しくなると、彼の声が また した。さっきと同じように。もう数メートルも離れてはいない、近くで。
「その……大変失礼を致しました」
その一言に、私はさらに顔が赤くなるのを自分で分かった。"火が出る"とはこのことだと理解した。
振り向けば彼の瞳の色をようやく知れるかもしれないけれど、今はそれは絶対!できない!
返す言葉も見つからず、とにかく大きくウンウン!と うなずくと、後は逃げるように馬を走らせて……しまった。
動揺しながらティナは後を追い、ミスター・ロッドはアレックスを睨みつけながらさらに続いた。
わらわらと集まってくる5人の子供と1人の少女に囲まれながら、彼は自分の右手を見ながら重く呟いた。
「謝りに行った方が良さそうだな。…………ありとあらゆる意味で」