最後の戦い
◇登場人物紹介◇(※主要人物以外を略称にしております)
◆セシリア・フィリス・リル・マースデン
……クレイモント大公令嬢
◆ジョージ・マースデン……クレイモント大公
◆フランチェスカ・マースデン……クレイモント大公夫人
◆アレックス・セイム・インダム……士爵位授与の元軍人
◆エリス・スミス……16歳になったばかりの貴族令嬢
◆マイケル・ダント……アレックスと暮らす孤児。9歳
◆ミカエル・ダント…… アレックスと暮らす孤児。9歳
◆マリー・ダント…… アレックスと暮らす孤児。6歳
◆フィン・ヴェルハイム…… アレックスと暮らす孤児。5歳
◆ソフィア・モントレー…… アレックスと暮らす孤児。4歳
◆シャビリエラ・トルドー…アレックスの部下の子供。3歳
◆カーク・ソーフォーン……ラトリッジ伯爵。元中佐。
◆ロゼッタ・マドウィック
……ダリントン子爵夫人。カークの妹。セシリアの友人
◆ヴィンセント・マドウィック……ダリントン子爵。
◆ティナ・ロッド……セシリアの側仕えの1人。
◆メリー・デニー……アレックスのマナーハウスの使用人。
ラトリッジ伯爵は、壁際にもたれて、かつての部下の約3週間の特訓の成果を見守っていた。アレックスとセシリアが合意を持ってクレイモント大公夫妻の前に辿り着いた時、彼は指揮者に次の演奏を止めるように指示していた。
「ですが伯爵様、次はポルカの演目です。大公閣下の舞踏会で失態するわけには参りませんよ」
指揮者は困り顔だったが、伯爵は こともなげに言った。
「大丈夫だ。何かあれば私が支払いをするよ」
それから彼はアレックスとセシリアの背中に視線を移した。彼は胸の内で願った。
2人にとって ここが最後の戦いになるといいが────
◇◇◇
「一体なんの真似ですか?セシリア。それになんなのかしら?その軍人は。あまり見たこともない方のようだけど」
私はひざまずいたまま、顔を上げて母様の問いに答えた。
「サー・アレックス・セイム・インダムです。父様、母様、彼が私の好きな方です」
両親は言葉を失っている。大広間中にざわめきが起こった。
「セシリア……!」
父様の声は憤怒にまみれていた。それは、予想はできていた。
「父様、母様、これまで育てて頂きまして本当にありがとうございました。あなた方とカイルのため、そして私自身のために、どうか────私を勘当して下さい」
ざわめきどころか、悲鳴や怒号に近いような声が入り混じる。
横からすらも……アレックスの呟きが聞こえた。
「セシリア……」
母が息も切れ切れに言葉を吐いた。
「何を言っているのセシリア!そんな勝手が許されるわけがないでしょう?だいたいあなたが、マースデンの名を捨てて1人で生きていけるわけもない!」
「私が守ります。インダムの姓を授けて。この命に変えても」
アレックスのこの言葉に、母は言った。
「あなたの姓や命くらいでは足りませんよ。この娘にはもっと!もっといい方達からの求婚がいくらでもあるのですよ!」
私は立ち上がった。我慢ならない。
「誰にとっての " もっといい方 " なのですか?例え並いる地位や富のある男性方が同じ言葉をくれたとしても、私は嬉しくないし信じられもしません」
大広間は静まり返った。
「世界とも戦うと、命をかけると、言われて信じられるのは私にはこの方だけです!彼の愛を信じて、それが心から嬉しいと思います。だから、この人と生きていきます」
言い切って息をついた時には、アレックスが傍に来てくれて、支えてくれていた。その存在に勇気をもらって、続ける。
「お2人に許して頂けるとは思っていません。ですから、勘当して下さいと申し上げております」
「駄目よ、セシリア。落ち着きなさい」
母様は何かを察したのか、私を止めようとしている。
かまわず、私は声を張り上げた。
「ワルツの演奏をお願いします!この方と続けで踊りますから!」
悲鳴のような声が、母から聞こえた。
「駄目よ!駄目よ!駄目!そんなの不適切だわ!あなたも止めて下さい、ジョージ!」
そこにいた全ての人間の視線が、クレイモント大公へと集まる。父様は思案したあと、口を開いた。
「ワルツの演奏をしてはならない」
周囲から落胆のようなため息がもれる。アレックスは私の腰に回す手を強めている。
必要であれば、彼はここから私を連れて逃げる気だ。彼の張り詰めた神経を、私も感じた。
私はアレックスの手に手を重ねて、彼を見つめて言った。
「大丈夫」
聞いてアレックスは戸惑っていたけれど、ゆっくりと手を離した。私を信用するかのように。
そうして、私は1人楽団の前に向かった。
楽団員と今夜の来客のちょうど間の空間に立つ。
私は楽団員達に向かって言った。
「私は愛する人と結婚がしたいだけです。ワルツの演奏をお願いします」
そうして、彼らにお辞儀をした。────カーテシーと呼ばれる本来なら王族にすべきお辞儀だ。これまでの人生で何度となくしてきて、おそらくは これから先はすることがなくなるお辞儀だ。
美しく、完璧にできていたと思う。
顔を上げた時、あちこちから拍手が上がりだしていた。
指揮者はまだ迷っているが、楽団員達の方から声が上がりだす。
「もうピアノでワルツを弾いてあげましょうよ。ピアノなら一台でいけるでしょ?」
「今は『花のワルツ』が流行りだよ、お嬢様。それとも何かリクエストがある?」
私は喜んでリクエストをした。
「では『眠りの森の美女』で!あれは、ラストに結婚して 目覚めたみんなにも祝福してもらえるでしょう」
楽団員達が個々に弾きだし始める。指揮者は慌てて、最後にはラトリッジ伯爵を見た。
伯爵は私の方を見ながら、
「支払いは大公閣下がしなくても、私がするよ。ご祝儀だ」
と言った。楽団員は口笛を鳴らし、拍手が……来客の方からも聞こえてくる。そうして指揮棒は振り下ろされ、2曲目のワルツ『眠りの森の美女』が始まった。
ラトリッジ伯爵は私の前を素通りすると、妹であるアデリー伯爵夫人の手を取りに行った。アデリー伯爵夫人は、ロゼッタの姉だ。彼女は私を見て微笑んでくれた。
あちこちから、カップル達がフロアに出ていく。出て……行ってくれている。気づけば、軍服正装の将校達もかなり増えていた。いつの間に……?
フロアで踊るカップルの中には、デイルの姿もあった。トレイア伯爵の令嬢とちゃんと踊っている。目が合うと、彼が微笑んだので、私もただうなずいた。
私の元には すでに約束のある最高のパートナーが迎えに来てくれた。
彼は私の前に立って手を差した。そして、最後に聞いた。
「後悔はしない?今ならまだ戻れる。────この手をつかめば、それが出来なくなる。離さない、離してやれない、もう二度と」
私も最後に言った。
「愛してると言ってくれるなら」
彼が笑った。
「愛してる。間違いなく。物凄く」
彼の手を取って、ダンスフロアに駆け込むように混じる。言葉はもう必要無く、私達は心から楽しんで踊った。
────この不適切なワルツを。




