2人でワルツを
曲目は、春の訪れの歓びを歌った『春の声』だった。
演奏は始まっていたが、ダンスは途中からの参加も構わないものだから、私はゆっくりと席から立ち上がった。
返事の言葉を発した記憶がない。でも、ワルツを申し出てくれたアレックスに左手を伸ばした。
それが返事で、彼は私の手を自分の左手で取って引き寄せる。
腰に彼の右手が回り、ダンスフロアに真っ直ぐに導かれた────
三拍子のリズムに乗ってスタートを切る。乱れる心とは逆に、2人の一歩目は完全にそろった。なめらかにステップが続く。彼のリードは力強かった。
私は笑い出しそうなのを微笑みに抑えて、言った。
「踊れるのね。上手だわ」
彼からの返事は思いがけないものだった。
「踊れなかった。あなたがいなくなってから練習した。ここに来るために必要だと思ったから」
私は彼を見上げた。それが問いかけだった。
「もう一度会って、話さなければいけないと思ったから。…………オレのことは、いつから好きでいてくれた?」
私は一度ターンして、彼から離れた。女性からリードするものではないけれど、アレックスはちゃんとフォローしてくれた。少しの間でも、時間が欲しかった。
向き合ってまた手を組み、答えを返す。
「分からないの。記事で戦績を知って会ってみたいと思ったの。後は瞳の色を知りたいと思って────その頃にはもう、凄く好きだったのかもしれない」
彼がステップをミスしたので、私も慌てて足を止めた。
「すまない。集中しないとまだミスするのに、思い切り気が削がれたから」
彼の言い訳に私は笑い、手を差し出す。彼は大勢を整えて、私達はまたワルツを踊り出した。
「エリスへの手紙にあった……" 他の女性の影 "って?あれだけは全く心当たりが無かった」
今度は私が足を間違えた。アレックスは容易く私の体を支えてくれる。
「大丈夫?エリスが読ませてくれたんだ。読んだ方がいいって」
私は急に熱くなり出した気がした。エリスを怒るべきか感謝するべきか分からない。
「あれは……ああ、あれは……シャビリエラなの。ごめんなさいアレックス。私ソフィーからいろいろ聞いていて変に想像してしまって」
彼が笑っているのが分かった。どうせこちらの気持ちは知っているんですものね。私はため息をついた。
────それが聞こえたのか、彼が一段声を落として言った。それまでとは違う口調だった。
「その気持ちが分かる。オレも複雑だったから。あなたの祝福のおでこへのキスが、オレでいいのかマイケルにすべきなのか死ぬほど悩んだ。────正直、マイケルには譲りたくなかった」
彼は私の背にある右手に力を込めた。2人の距離が縮まる。アレックスはスカイブルーの瞳で私を真っ直ぐ見つめて言った。
「マイケル以上に、王太子には あなたを譲りたくない。────絶対に。あなたがもしも本当にオレとの未来を考えてくれるなら……オレは戦う。相手が王室でも。国王軍でも。この全世界であっても」
その瞳の中には 強い決意と────私がずっと探していたものが確かに宿っていた。
曲調に合わせて、彼はフィッシュテールと呼ばれるステップに入った。男女が体を引き寄せ合うように進むこの動きを、私達は見つめ合ったまま踊った。
基本ステップに戻りながら
「足を間違えた。あなたを見つめるのに夢中で」
とアレックスは照れたように笑った。
私は泣きそうだった。
「ありがとうアレックス。……ありがとう。」
泣きださないように、軽快にステップを踏む。
「私……私は思っていたの。……もしもあなたがいてくれたら、私は何にでもなれるんじゃないかって……。あなたがこれから先も私といてくれるなら────」
彼が力強くうなずいた。
「私もきっと、戦えるって…………!」
ワルツはクライマックスに入り、私達はスピードを上げた。どこに向かうべきか、2人とも分かっていた。言葉にしなくても。
『春の声』はそのラストに、来たる 新しい明るく華やかな季節を奏でて盛大に閉じる──
私とアレックスが最後のステップを踏んだ時、私達はクレイモント大公夫妻の玉座の前に来ていた。
私達は互いに見合ってから、
彼らに跪いた。




