見つける瞬間
乗馬用の服に着替え準備を整え、侍女を連れて、ラトリッジ伯爵邸に向かおうとすると、馬丁の一人が彼用の馬を引いて来た。
「お嬢様、オレも行きます。お二人だけじゃ、危ないですから」
私は少し驚いた。ラトリッジ伯爵の領地はすぐで治安も良い。これまで天気の良い日中は侍女と2人でも行くことが許されていた。外出の際は私は、女性用の小型ピストルも携帯している。
私の表情を読み取ったのだろう。馬丁は言葉を重ねた。
「最近狼どもがこの辺に出ているんですよ。群れをなしているようで。お嬢様の小さいヤツ一丁じゃ、敵わないかもしれないんで」
馬丁はそう言って、腰ベルトについた中折れリボルバータイプの軍用銃に手をやった。私のよりも弾丸が大きく、殺傷能力が高いのは明白だ。
「ではお願いします。悪いわね、ミスター・ロッド」
私が言うと、ミスター・ロッドは照れたように はにかんだ。
「いやぁ、お嬢様。うちのヤツも心配なもんで。オレは"願ったり叶ったり" ってヤツですよ」
見ると、侍女のティナがクスクスと笑っている。そうだ、2人は去年結婚したんだった。私も、気づいた途端に笑ってしまった。
ティナがおずおずと、口を開いた。
「お嬢様、結婚式の前夜に下さった真鍮の髪飾り本当にありがとうございました。私、あの黄金色のおかげで、まるでお姫様になれたような気分でした。今も、引き出しに大切にしまってあります」
真鍮は黄金ではない。ティナも当然知っている。でも、それで彼女が良い気分になってくれたなら嬉しかった。それに、金色に混じって白い花の加工がされている中央のめしべ部分は、本物の真珠が埋め込まれている。
彼女が結婚式につけれるような髪飾りを持っていないから花を探しているときいたが、その時真冬だったのだ。本物の花を探すのは大変だろうと、花の沢山ついた髪飾りをあげたのだ。
私はティナにミスター・ロッドとのことを聞きたくなって、話しかけた。
「ねぇ、ティナ—— 」
ギィと、屋敷の重い玄関扉が少し開いた。
執事頭であるミスター・ラントが顔を出して低い声で言った。
「お嬢様、使用人達と親しげに話していてはまた奥様に怒られてしまいますよ。
ロッド夫妻も気をつけなさい。2人が同時に仕事を失ったらあなた方も大変でしょう?」
私達3人は シュン……となった。
だが、ミスター・ラントは親切で教えてくれているのだ。過去に、私が親しくなりすぎて辞めさせられた奉公人達を見てきているから。
静かになった私達を前にして、ミスター・ラントは咳払いをした。
「コホン!……まあ、お屋敷から離れれば、私の知るところではございませんが。お屋敷の近くでは、気をつけられた方が良いと言うことです」
私達はパッと顔を上げて馬に向かった。ミスター・ラントも玄関口の階段を降りてきて、私の横乗りに手を貸してくれた。ティナには、ミスター・ロッドが手伝っている。
ティナのスカートを夫が必要以上に触った時、ティナはその手をぺチリと叩いたが、2人はすぐに顔を近づけて笑い合っていた。
その光景が、酷く眩しく感じられた。
————苦しいほどに。
◇◇◇◆◆◆◆◆◆◆◆
ラトリッジ伯爵の領地に入ると、正面に見える荘厳なマナーハウスの改築がされているのが分かった。本邸から近いこともあって、近年は使われていなかった建物だった。数年前には、ラトリッジ伯爵が取り壊す計画を立てていると言っていたのに。
私は違和感を覚えて、屋敷へと近づいて行った。
後ろに、ティナとミスター・ロッドが続く。
大工達が何人も集められていて、せっせと動き回っている。屋敷の南側ちょうど半分程に足場が組まれていて、職人達があちこちに渡り歩いていた。
しっかりと見ると、北側半分は改築が済んでいるようだ。
全く知らなかった……。夜会に向かう時も帰りもこの辺りは通るけれども、暗くなっていたし、馬車の中だったから。
芝生に土台を組んで、木材のはめ込み作業をしている職人達の中に、一際 際立つ長身の人物に……
私は気づいてしまった。
長い茶色の髪を、彼は後ろ一つに束ねていた。
作業のために捲り上げた白いシャツから見える両腕には、太い血管が浮きでている。
「せ——の!!!」
呼びかけた声は力強く、男達4人が、それに合わせて材木を押さえる。真剣な彼の眼差しが、その眉間に皺を刻んでいる。さらに他にハンマーを持った男が現れて、材木を打ち込み始めた。
カ————ン! カ————ン!
カン高い音があたりに響き渡る。
私はそれでも、ぼぅっとして その光景から目を離せないでした。
はめ込まれ固定された木組みから男達は手を放し、彼も姿勢を戻して立ち上がった。
次の瞬間、その人がこちらを向いた。
アレックス・インダムが——
私の鼓動は跳ね上がった。