舞踏会開催
◇登場人物紹介◇(※主要人物以外を略称にしております)
◆セシリア・フィリス・リル・マースデン
……クレイモント大公令嬢
◆ジョージ・マースデン……クレイモント大公
◆フランチェスカ・マースデン……クレイモント大公夫人
◆アレックス・セイム・インダム……士爵位授与の元軍人
◆エリス・スミス……16歳になったばかりの貴族令嬢
◆マイケル・ダント……アレックスと暮らす孤児。9歳
◆ミカエル・ダント…… アレックスと暮らす孤児。9歳
◆マリー・ダント…… アレックスと暮らす孤児。6歳
◆フィン・ヴェルハイム…… アレックスと暮らす孤児。5歳
◆ソフィア・モントレー…… アレックスと暮らす孤児。4歳
◆シャビリエラ・トルドー…アレックスの部下の子供。3歳
◆カーク・ソーフォーン……ラトリッジ伯爵。元中佐。
◆ロゼッタ・マドウィック
……ダリントン子爵夫人。カークの妹。セシリアの友人
◆ヴィンセント・マドウィック……ダリントン子爵。
◆ティナ・ロッド……セシリアの側仕えの1人。
◆メリー・デニー……アレックスのマナーハウスの使用人。
クレイモント大公邸宅は、並いる王都の貴族達の住居の中でも、特に広大で豪奢だ。領地にある邸宅や本城が大きい領主はあちこちにいるが、街中にこれほどの規模で建設できるのは、まさしくクレイモントの力の表れそのものだった。
両側からドアマン2人が開ける正面扉を入ると、まずひらけたエントランスホールがあり、あちこちへと続く回廊が伸びている。
それぞれの回廊には何枚もの名画や、肖像画が飾られ、休むために置かれたマホガニー製のソファやスツールは、最高級の生地と金を使った縁どりがされている。
しかもそういった物の全ては装飾品に過ぎず、本当に値打ちが ずば抜けている絵画や陶器は鍵のあるディスプレイキャビネットに収められて、アートルームに展示されているのだ。来客の多い今夜の舞踏会のような催し物では、そこに警備員まで雇う。────クレイモントの財力は底無しだ。うんざりするほどに。
私は真っ直ぐに進んで、今日の会場となる大広間へと入った。楽団員達ももう到着して、譜面台や椅子を自分達で配置している。
このとにかく広い大広間は、天井が高く美しい装飾が施され、煌めくクリスタルのシャンデリアが等間隔で並んでいた。壁に並ぶ四角の窓達にもステンドグラスがあしらわれ、幻想的な雰囲気を創り出す。
今夜、ここに本当に彼は来るのかしら…………?
私の胸は、期待とも不安とも言い難い想いでいっぱいだった。
◇◇
その晩の装いは、特に気を使った。
いつもは勧められてつける高価なティアラやイヤリングをつけず、まとめられた髪に花を結えてもらった。
首元は真珠のネックレスは付けたが それだけにして、ドレスの色は優しく明るい感じの黄色に決めた。プリンセスラインのウエストから下がふんわりてしているロングドレスだ。ペチコートを重ねて着て、形を整える。
肩の出ているドレスなので手袋は、やはりロングタイプを選んだ。金糸で花の刺繍が部分的にデザインされており、光沢を帯びている。
◆◆
舞踏会は始まり、シーズン中でも よりすぐりの着飾りに身を包んだ貴族の男女が集まり出す。
舞踏室の入り口では、客の敬称と名前が専用のウェイターによって宣言されるものだが、サー・アレックス・セイム・インダムの名前はまだ読み上げられなかった。
それでも最初のスクウェアダンスであるカドリルが始まる。これは集団で踊るもので、ほとんどが参加する。私も、主催者の娘として当然参加した。
ダンスを男性から申し込まれると ダンス曲の種類と曲目の印刷された『ダンスカード』に、パートナーの名前として書くことになっている。
連日、大公令嬢である自分には誰がしかが申し込みにくれていた。でも、今夜は " カドリルで足を痛めたので今は様子をみたい " と丁重に断り続けた。
馬鹿みたいだが アレックスが…………もしも今夜来てくれるなら、誰かと踊っているのを見られたくなかった。彼が踊れなくても、何か……話ができるかもしれない。
同時に本当に話がしたいのか分からなくなった。あんな別れ方をしているのに。……顔を合わせて 私は何をしようと言うんだろう。
────それでも 一つだけ確かなことがある。
アレックスに会いたかった。ただ彼に会いたい
その先は分からなくても
好きな人に 一目だけでも 会いたい───
◇◇
歌唱やヴァイオリン独奏の鑑賞等も含めながら演目は進み、夜も更けてワルツが始まりだした。
男女2人がペアで踊るこのダンスは最近社交界で流行している。でも体が触れ合うので未婚のレディには相応しくないとする見方もあり、二度続けて同じパートナーと踊ることは不適切とみなされてしまう。
それでも、若い女性達からワルツは絶大な人気があった。
優雅でロマンチックで────もし意中の相手とパートナーになれれば、踊っているほとんどの間、相手と近く、手を取り合っていられるのだ。
自分には無縁とは割り切りながら、気持ちだけはわかると思った。
オオカミを倒したあの日、アレックスの腕の中にいられて私はとても幸せだったから────
帰れない日に胸の痛みを覚えて、もう彼を想うことはやめようかと……よぎる。
いつまでも叶わない片想いに しがみつくのは愚かすぎるのかもしれない。
…………彼にとっても 迷惑なのかも。
その答えを得ることすら もう無いのだ
そう思った時だった。
「ラトリッジ伯爵カーク・ゼト・トルドナ・ソーフォーン様 並びに サー・アレックス・セイム・インダム様 ご到着です!」
入り口で読み上げられて、背の高い男性が2人並んで入ってきた。
周辺がざわめいて、女性達は扇で口元を押さえ視線を送る。あちこちからため息の漏れる声がした。
会場の最も奥の母の隣の椅子にいた私には、2人の全身が確認できてからようやく その理由が分かった。
ラトリッジ伯爵もアレックスも正装軍服だった。
上下共にミッドナイトブルーと呼ばれる黒色の生地で、2人ともブルーのガーター勲章を左肩から右にかけている。伯爵はさらに右肩に飾緒と呼ばれる飾り紐をつけていたが、左胸の勲章・星章はアレックスが圧倒的に多かった。上半身のジャケットの縁取りは落ち着いた赤で、腰回りの漆黒のベルトには金色のバックルが輝いていて、騎兵連隊の紋章が刻まれている。
彼は髪を結ってはいなかったが、程よく切り揃えられていて、美しいほどだった。
その人が自分の前に立ち、片手を胸に当てて きっちりとしたお辞儀をした時、私はまだ目の前のことが信じられないでいた。
それなのに、彼はさらに言ったのだ。
「レディ・マースデン 私と次のワルツを踊って下さい」




