王都社交シーズン
────3週間後
王都に来てから、すでに母様と私は多くの晩餐会や舞踏会、庭園会や劇場、音楽会と言った催しものに参加していた。
一つ救いだったのは 昨年までのように殿方への振る舞いを、母様に こと細やかに注意されないことだった。
これまではよく、爵位継承者以外の紳士とは話す必要もないとか、男性の前では知性は決してひけらかしてはならず、自分の意見を言ってはいけないと注意をされてきた。
だが、今年は母様のお目付け役としての監視が緩かった。
何しろもう、結婚が決まっているのだ。それも、両親の最も望んだ王室の相手と。悪評がたつ程のこと以外には、2人共目をつぶってくれているようだった。
王都に来て間もない頃は、何か……連絡があるのではないかと……期待している自分がいた。
目が覚めるといつも、手紙が届いていないかと確認してしまった。
エリスからはすぐに返信が来て、みんな寂しがっているが、元気だと書いてあった。……サー・インダムも元気だと。
晴れの日には空を見上げて、アレックスを想った。
今の自分は────やっぱまだ彼が好きで、距離が離れたぐらいでは、簡単には気持ちを消せなかった。
まもなくヘラルド王太子との顔合わせもありそうだが、きちんと話すつもりでいた。自分は恋に落ちて、まだ未練がある と。
挙式を先延ばしにしてくれるかもしれないし、もしかしたら……もしかしたら 王太子にだって意中の方がいるのかもしれない。話し合いでの破談になることに、私はまだ一縷の望みをかけていた。
◆◇◆◇◆
ある夜の晩餐会では、メイルトン侯爵と席が隣同士になった。彼とは、父親同士が懇意にしていてずっと交流があり、私達は婚約の噂があった。
「お父上の方から話は聞いてるよ。おめでとうセシリア」
彼はこっそりとお祝いの言葉を述べてくれた。
「ありがとうデイル。でも、まだ正式ではないの。どうなるか……わからないわ」
私はあえて言葉を濁した。できるだけ、広まってほしくない話だからだ。
「君なら大丈夫さ。こうなると、僕はトレイア伯爵の長女と結婚しそうだよ。なかなか気持ちの良い娘なんだ。最近話しているけれど、気が合っているよ」
以前からの友人でもあるデイルの幸せに、私は喜びと共に安堵した。
「良いお相手がいるのなら、素敵なことよ。それなら、私達の婚約は、どうせ どうあっても噂だけの運命だったのね」
すると、デイルは不思議そうな顔をした。
「いや、本当に君があの方と破談になるようなことがあれば、僕らは結婚するだろうよ」
当たり前のようにあっけらかんと彼は言う。私は聞いた。
「どうして?あなたと私が?お互い好きでもないのに?」
「君にとって、1番条件の良い貴族は僕だろう?僕にとって君はトレイア伯爵令嬢よりも条件が良い。────結婚ってそういうものだろう?」
私は頭が痛くなった。仮に王太子から逃れられても、結婚からは逃れられないの?
とりあえずその夜、晩餐会が終わって別れる時に、私はデイルに告げた。
「デイル、トレイア伯爵のご令嬢をちゃんと好きになってあげて。それまでは結婚しないで。そうでなければ彼女が気の毒だわ」
彼は 私の言葉にキョトンとしていた。
「いい?私と結婚したくないほどちゃんと好きになるの。結婚ってそういうものだわ」
言った後は 彼の顔を見ずに帰った。
◇◆◇◆◇
それは、大公邸宅で催される招待制舞踏会の前日のことだった。
毎年一度開かれているこの舞踏会は、社交界の中でも最大規模で とり行われる──クレイモント大公夫妻が主催のものだ。
400名以上が招待されるので、ダンスホールとなる大広間や受け入れる屋敷そのもの、楽団員の保持、料理・飲み物や対応する料理人・使用人の数からして、さばけるのはクレイモント大公夫妻くらいしかいないのだ。
私も明日に向けてのチェックを、母様に言われて行っていた。
花やテーブルの配置、椅子の数、メニューの確認、そして、招待状返信の見直し。
男女の比率や、若い人の割合を全体的に見る。年配の方が多いと、メニューやダンスの曲目の変更も検討しなければならない。でも 今年は大丈夫そうだ。
招待状返信を見ていて、何気なく1通に瞳が止まった。
ダリントン子爵ヴィンセント・メイル・モーロ・マドウィック────ロゼッタのご主人だ。
返信カードに走り書きがしてあった。
" 妻が身重なため自分は欠席しますが、頂いた招待状にて代わりにサー・アレックス・セイム・インダムが出席致します "
え? アレックスが来る? ────舞踏会に?
思わず二度見して、瞳を瞬かせる。
嘘… だって 彼は踊れないのに




