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その瞳を知れたなら〜令嬢と孤高の騎士〜  作者: シロクマシロウ子


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35/43

残された時を

 


 廊下に出て部屋に戻ろうとする私に、ミスター・ラントがついて来た。


「お嬢様、事実を話しても救われる者はいません。むしろ状況は悪くなるでしょう。ティナの想いを分かってやって下さい」


 私は即座に振り返った。


「分かっていたのね?ティナのことをどうして教えてくれなかったの?ああ……ティナは何も悪く無かったのに……」


 ミスター・ラントは、悲しげだが微笑みを浮かべた。


「あの娘は一番下の妹の子なんです。私の姪です。あなたが結婚式用に真鍮(しんちゅう)の髪飾りを下さったのも知っています。ティナはあなたを、恐れ多くも……友達のように想っていると言っていました。大好きな友人だと」


 私はミスター・ラントを見つめた。


「あの娘はやりたいことをしただけです、お嬢様。それでいいのですよ」


 そう言ってミスター・ラントは 一度私の肩をポンと叩き、玄関の方へと戻って行った。






            ◇◆◇






 気分が優れないと夕食は、断るしか無かった。

 食べ物が喉を通る気がどうしてもしない————



 あっという間に決まってしまう結婚


 自分の人生


 自分の?


 自分の意思なんて、これっぽっちもそこには無いのに




 これからを思うとただ ただ 心が沈んだ。

 明日の午前中には王都へ向かう。そうしたらもう————しばらくはここに戻って来れないだろう。

 仮にいつか戻って来たとしても、

 その時は自分はヘラルド王太子の妻なんだ。


 閉塞感と絶望で息すら苦しく感じる。


 多くの貴族の娘達には、とんでもない贅沢者と言われてしまうだろう。誰もが望み、憧れるのだ、王太子妃の地位は、後の王妃への道。


 でも 私は そんなものを望んでいない。


 不意にロゼッタの言葉を思い出す。


 "あなたの幸せを願ってる。

 他の人があなたに望む幸せじゃない。

 あなたがあなたに願う幸せよ"


 ロゼッタにすぐにでも会って、話を聞いて欲しかった。

 でも、これからは夜で、彼女は身重だ。それに————話したところで、結局はどうにもならない。誰にも、どうにもならないのだ。

 顔を両手でおおい、……泣きたくなった。

 だけれど、残された時間がもったいないと思った。

 この時間で、私は一体何ができるだろう。


 

 何もしなくてもいい

 できない 大公令嬢 レディ・マースデン


 そんな私でも、大切な人達のために、何か伝えていけるのなら────




 私は顔を上げて窓辺のテーブルに行き、引き出しを開けて便箋を取り出した。椅子に腰掛け、インク瓶を開けて羽根ペンを取り出す。


 時間が過ぎていく──私は夢中で書き(つづ)った。





            ◆◇◆





 深夜に、もっとも地味なグレイのスカートとグレイのコート、そして金髪が隠れるように 黒の帽子を被って、私は屋敷の庭から厩舎(きゅうしゃ)へと走った。


 雲は少なくて、綺麗な半月の夜だった。半分だけの月明かりは、充分周囲を照らしてくれていた。


 厩舎戸口のそえ木を外して中に入る。

 何頭かの馬は、人の気配に気づいてブビヒンと鼻をならした。

 自分用の(くら)を持って、いつも乗っている栗色の雌馬の柵をくぐった。ガチャガチャと鞍を取り付けていると……


 ギィと音がして扉が開かれ、ランプの明かりがこちらを照らしてきた。私は一瞬ドキリとしたけれど、相手をみて安堵(あんど)した。


「ミスター・ロッド……!良かった……あなたで」


 私の顔とは対照的に、ティナのご主人の顔は困っていた。


「お嬢様、こんな夜更けに1人で出かけちゃ駄目ですよ」


「お願いミスター・ロッド。見なかったことにして下さい。万が一バレたとしても、私が全部1人でやったことにしますから。ただ、何も気づかなかったと言ってくれたら良いんです。見逃して下さい」


 だが、ミスター・ロッドは厩舎の奥に入ってきた。


「そういうわけには いきませんよ。お嬢様を見逃したら、失うものがオレにもありますからね」


 その言葉を聞いて、私は落胆した。


「そうよね。もしまた……今度はあなたの方がここの仕事を辞めなくてはいけなくなったら、大変なことよね……」


 すると、ミスター・ロッドは笑い出した。今の私の言葉のどこに笑うところがあるのか────私はきょとんと彼を見つめた。


「仕事じゃないですよ、お嬢様。仕事よりもっと大切なもんです」


「もっと大切なもの?」


 私が聞き返すと、ミスター・ロッドは照れ臭そうに頭をかいた。


「ティナですよ。オオカミの件があった夜、あいつは酷く落ち込んでいたんです。」


「ティナが?」


「ええ。お嬢様から離れて、1人で森に行かせてしまったことです。サー・インダムが助けてくれたから良かったけれど、もしお嬢様に何かあったら、それは自分のせいだったと」


 私は胸が痛くなった。ティナはそんな風に考えてくれていたんだ。


「あいつ、あの時に辞めさせられても仕方がないって覚悟したらしくて。────だから3日前は、もう清々(すがすが)しいもんでしたよ。」


 私はミスター・ロッドを見上げていたけれど、きっと、泣きそうな顔になっていた。ミスター・ロッドは、私になだめるように言った。


「ティナは、どういう伝わり方であっても この件にサー・インダムの名前が出れば、大公夫妻が彼を目の敵にすると思ったんです。そして、それはお嬢様が最も悲しむことだろうって」


 何も言えない私に、彼はティナの言葉を続けた。


「あなたに後悔してほしくないそうです。絶対に。

 ────彼に恋したことを」


 私はこらえきれなくなって、両手に顔を伏せた。

 ミスター・ロッドは慌てて言う。


「さあ、お嬢様泣かないで準備しないと。マナーハウスに向かわれるんでしょう?

 こんな夜中にあなたを1人で行かせたら、オレは妻に首を絞められます。かと言って、引き留めても、明日あいつは荷物をまとめて出てっちまうでしょう。だからオレはもう、銃をしっかり持って、お嬢様の後についていくしかないんですよ」


 彼の言葉に、私は浮かびかけた涙を払ってうなずいた。


 泣くのは後でできる。





 今は 好きな人に 会いに行く




 決して 後悔しないように








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― 新着の感想 ―
ミスター・ロッドは流石ティナの夫ですね。 私もセシリア同様、泣きそうになりました。 あんな素敵な言葉云われたら本当に感動ものですよ。 ティナもロッドもセシリアにとって最高の家令ですね。 シロクマさん…
セシリアの周りで仕えてくれた人達が、ほんとに心の優しい人達だったんだなと思いました。セシリアもせめて想いだけでも、伝えることができればいいですね(^^) いってらっしゃい♪
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