友情に包まれて
ニ週間後────
「それじゃあ、エリスのことはお願いね」
社交シーズンが近づき、私はロゼッタに正式にエリスのダンス指導を託した。王都に行けない親友は、やることができてとても喜んだ。
「兄やヴィンセントは議会があるから王都に向かうけれど、カーセルがダンスができるから大丈夫よ。私も彼と練習したものよ」
カーセルは、ラトリッジ伯爵本邸の執事だ。紳士的でなんでも器用にこなせる。マナーハウスにはラトリッジ伯爵の叔母様も到着した。これでもう、なんの心配もいらない。
……いらなくなって しまった。
「兄の話だと……セシリア、サー・インダムは王都には行く気が無いようだ……って」
「そう」
私は飲んでいたティーカップをソーサーに戻した。
なんとなく、分かっていたことだった。彼は子供達を置いては行かないだろうと思っていた。
「セシリア……これからどうするの?王都に行ったら……その……」
ロゼッタは言い淀んでいたが、縁談のことなのだとはすぐに分かった。アレックスとの間に未来が無いことを、誰よりも彼が思っていたと、ロゼッタには話した。
「今年は縁談は受けないわ。父と母にも言うつもりよ」
「だけどセシリア……」
「アレックスとどうにかなれるとは…………思っていないの。でも、今好きなのは彼。こんな気持ちでは相手にも申し訳ないと思うから、父と母にもなんとか分かってもらって、今シーズンでの結婚は見送ってもらうわ」
ロゼッタは悲しげな顔をして、言った。
「サー・インダムは、あなたを最近は避けているんでしょう、セシリア?そんな人のために、あなたがシーズンや将来をとどめる必要はないのではなくて?」
事実だった。足の捻挫が治ってから何度かマナーハウスには行ったが、あのピクニックの雨の帰り以来、彼は朝の挨拶に来てくれなくなっていた。
それでも────
「アレックスは知り合ったら、本当に素晴らしい男性だったの、ロゼッタ。私は今彼にしか恋できないし、彼に恋していたい。それが片思いでもいいの。他の男性はとても……とても、考えられないわ」
本心だった。
会えない日も
避けられている日にも
考えている いつも
彼のことを
あの日の
2人で笑い合った笑顔も
抱きしめてくれた ぬくもりも
傷ついていた手のひらと 心も
忘れられない 決して
「馬鹿みたいなのよ、私は────」
親友を見つめて言う。
「彼の苦しみや背負っているものを、一緒に分かち合えたなら…‥って夢見てしまうの。綺麗なドレスでおめかしした自分よりも、皆に平伏されて顎をあげる自分よりも、ただ隣りにいた時にアレックスが安らげるような……そんな女性になれたらいいのに……そんな、夢をみるの」
私はため息をついてから、頭を振った。
「こんな有様なの。とても今は無理でしょう?侯爵の妻も、公爵夫人も今の私はなれない。なりたくない」
「セシリア……」
ロゼッタはハンカチを出して、目頭を押さえた。
「彼を愛しているのね。それは、愛 だわ」
"愛している"
言われて初めて気付かされる。ああ、そうなんだ。私は……
「そうね。私は……彼を愛しているのね」
口にして涙が溢れた。ロゼッタは私を抱き寄せてくれた。
「……覚えていてセシリア。私はいつでもあなたの味方よ。あなたの幸せを願ってる。他の人があなたに望む幸せじゃない。あなたがあなたに願う幸せよ」
ロゼッタの言葉は、私に緩やかに優しく染み込んだ。
◇◇
ロゼッタに別れを告げて、私とティナはラトリッジ伯爵本邸を後にした。
馬車の中で、ティナが珍しく自分から話しかけてくれた。
「お嬢様、すみません。廊下でお待ちしておりましたらお話が聞こえてきてしまいました」
私は少し驚いた。例えそうであっても、侍女がそれを口に出すことは稀だ。
ティナは言った。
「私も味方です。私も応援しています。お嬢様の恋を」
私は胸が温かくなる気がした。
「ありがとうティナ。いつも、本当にありがとう。」
私の言葉に彼女は首を横に振って、そして笑った。
私は、ずっと聞きたかった話をティナにしてみた。
「以前から聞きたかったの。ティナは、どうやってミスターロッドと知り合ったの?」
「それは、こちらのお屋敷でなんです。ですが、私は屋敷で彼は納屋が仕事場ですから、始めの頃は…………」
私達は、帰りの馬車の中で沢山話をした。
ただ とりとめない、恋の話を。




