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その瞳を知れたなら〜令嬢と孤高の騎士〜  作者: シロクマシロウ子


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32/43

できない告白

 



 雨は完全には止んではいなかったが、小雨になりつつあった。


「もう昼過ぎだと思います。侍女の方も……御宅の方も心配なさっているでしょう。そろそろ、ここを出ないと」


 彼の物言いは辛くなるほどに丁寧だったけれども、そこには強い気持ちが表れていた。


「父や母は起きるのが午後からですが、使用人達は異変に気付き出しているかもしれません。昼を食べてすぐ戻るつもりでいたので」


 うなずき、アレックスは馬を呼んだ。洞窟の入り口で、彼は私を軽々と抱き上げて馬に横乗りで上げた。そして、自身もすぐに飛び乗る。大きな身体なのに、彼はまるで肉食獣のように しなやかで、無駄なく感じる。


(くら)が無いので、滑り落ちないように。しっかりつかまって」


 言われた通りにしようとした時、体勢的につかまれるのは

 手綱や馬の立髪()()()()と気づいた。


 ————アレックスにつかまる?

 つまりは、抱きつくような形になる。


 え?そんなことして いいの?


 思わぬ幸運にむしろ躊躇(ちゅうちょ)してしまう。


「行きますよ。————すみません」


 彼の言葉と同時に、その右手に肩を抱かれて引き寄せられた。馬が走り出す。


 雨の香りと、男っぽい匂いに包まれる。だけど嫌では無かった。全く。全然。その逆です。


「もう、マナーハウスではなく大公別邸の方に向かわせて下さい。侍女と御者には、私から説明するので」


「はい。その方がいい気がします」


 私は答えた。多分今は何の提案でも受け入れていたような気さえした。————幸せで。


 彼は一度私の身体を抑えている右手を(ゆる)めて、見下ろした。近づく顔になんだかドギマギして、思わず身を縮める。で、結局彼の胸にしっかり しがみつくという わけのわからない幸福の巡りが生じていた。


「すみません。濡れないためには速く走った方が良いと思うんです。怖かったら、教えて下さい」


「大丈夫です。そうして下さい」


 ぬかるみに馬の脚を気をつけさせながら、彼は大公別邸に向けて疾走させた。


 束の間————

  広い胸に守るように抱きしめられて、

 私は 願ってしまった。


 もう永遠にどこにも着かなくていい


 このままどこまでも この人と2人で行けたらいいのに



 そう願ってしまった。






             ◇






 願いは叶うわけもなく、ほどなくして私達は、大公別邸の見えるところまで来てしまった。

 それでもまだかなり距離のあるところで、彼は黒馬を止めた。———–そして、彼だけが馬から降りた。


 突然失った後ろ盾とぬくもりに、ひどく心細くなる自分がいた。

 私はいつからこんなに弱くなったんだろう。


 彼は、私の手を取って手綱を握らせた。


「ここからは1人で行くんです。私は行けない」


 彼の発言は……ある意味当然の言葉だった。それなのに、どうしてか自分を衝撃と落胆が襲った。


「あなたが午前中乗馬をして、迷ったことにするんです。一度落馬してしまい、足首を怪我して鞍を落としたと」


 私は……何故か聞いてしまった。確認するように。彼に。


「私達は()()()()()()……?」


 アレックスは私を見つめてハッキリと言った。


「そうです。会わなかったことにしましょう。救助や雨宿りのためと言っても、2人でいたことが分かれば、大変な事態になりますから」


 "大変な事態"————それが、彼にとっての私との未来なんだ……


「わかりました。…………そうします」


「雨がまた強くなってきています。お屋敷にお戻り下さい

レディ・マースデン。どうかお気をつけて」



 1人残る彼に背を向けて、黒馬と共に進んだ。

 振り返れなかった。泣きそうだったから。


 雨はまた強まってきていた。かまわなかった。

 涙を隠してくれるから。



 そうして私は進むしか無かった。




 彼の もういない道を






              ◆







 セシリアは振り返らなかった


 それで良いと思った

 それが正しいと思った



 彼女は何も気づいてもいない


 自分のような男といることが

 どれほど危険だったことか



 欲しいと思った

 渇望するほどに


 戦場で性欲を上回る 生 への 駆け引きが長く続いて

 そんなものは 遠くにかすれていたのに



 自分は簡単に彼女を好きにできたし

 あの場でそうしなくても

 大公令嬢の評判を失墜させれば

 手に入れることはできるだろう



 だが そうすることはできない  決して




 強まる雨の中で、薄れていく彼女の後ろ姿をただ見送った。何もできず、微動だにもできない。



 そうして、あの人の幸せを願った 


 あの人に ふさわしい 幸せを祈った






 愛しているから————





 そうすることしか できなかった







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― 新着の感想 ―
アレックスの心からの渇望が出ましたね。 でも、それをぐっとこらえることのできるアレックスは偉いです!男として尊敬いたします(ToT) 僕には無理です〜w
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