しようとする告白
跪いたままアレックスは、ゆっくり私にその両手を差し出した。私も私の両手で、彼の手をそれぞれ取る。
私の手よりもずっと大きくて、指は太く、力強い血管が浮いている。そして、その日弓を引いた右手は、血こそ出ていなかったが、擦れて幾つもの赤い線が みみず腫れのようになっていた。
言わずにいられない。
「私は戦場のあなたを知りません。でも、今日のあなたを知っている。あなたは私を守るために戦ってくれた」
彼の右手から視線を上げて、その顔へと移す。その水色と青の瞳を見つめる。
「あなたはいたずらに何かを傷つけたり、もて遊んだり、生命を奪ったりできる人じゃない。私が今日見たあなたはそういう人間です。だから私はそれを信じます」
彼の手を持つ自分の手に、温もりが、力がこもる。
「戦場のことは私は想像することしかできない。もしかしたらあなたに……」
言葉は途切れたが、息をして、後を続ける。
「もしかしたらあなたに、誰かが頼んだのではないですか?" 殺してくれ" と。そして、子供のことも頼んだ。あなたはその遺言を守ってる?」
彼は瞳を閉じた。瞳を合わせてはいられないというように。
「ちがう」
私は続けた。続けなければいけない。
「償いのために?」
「ちがう。それだけのためじゃない」
彼の反論は、肯定の意味も含んでいた。
私は、自分の視界が潤んで歪むのを感じた。
「私は怒ってます、アレックス」
「え?」
「あなたに人殺しをさせた人々と、自らを殺させた人達を、私は怒ってます!…………そうせざるを得ないのが戦場なのかもしれません。だけど、あなたが強いからと言って、何もかもを背負わせるなんて間違ってます!! あなたは何も悪くないのに…………」
瞳から涙がこぼれ落ちる。
「……セシリア……」
彼が、私の手を握り返してくれたことが分かった。
「他の誰があなたをどう見ようと、あなたがあなた自身を否定しても、私が信じます。あなたは、私にとっての戦士で英雄です。他のいかなる者にも反論を許しません」
彼はほんの少しだけれど、笑みを浮かべた。
「ありがとう」
その言葉が嬉しくて…………それから、私は泣いていることが少し恥ずかしくなった。恥ずかしくなって、私も少し微笑む。
「フィンもきっと同じ意見よ。あなたのことを、とても憧れているから」
私は憧れを遥かに超えてしまったけれど。
「あの子は稀です。だいたいの人間はオレのことは恐ろしくなるんです」
「私も恐れていません。怖くないです。あなたのことは」
むしろ凄く好きなんです————そう言えたらいいのに。
「あなたも稀ですから。女性はそうそうオオカミに銃を投げつけて倒さない」
今度こそ笑ってしまって、私は下を向いた。
そこで見たのは、自分達の 互いを繋ぎ合うような 支え合うような両手だった。
何かが込み上げてきて、また泣きそうになる。必死に涙をこらえた。ようやく止まりかけたのに。
————何がいけないのだろう?何故?
どうしてこの気持ちを
この人に伝えてはいけないのだろう?
この人にだけ 彼にだけ の 気持ちなのに
それを伝えることは いけないことなの?
私はただ この人が好きなだけ ————とても……とても
何かが欲しいわけじゃない
ただ あなたに "好きです" と伝えられたなら——
私は無意識に、アレックスの手を取る指に力を込めていた。でも気づいた時、彼もその力強い手でしっかりと掴んでくれているのを感じた。
それで勇気を出そうと思った。前を向く!
彼の顔を見つめた。そのスカイブルーの瞳を。その瞳はかすかに煌めいていて優しさに溢れてる。
私が告白を決めた瞬間、彼の方が口を開いた。
「私はあなたに会えて本当に良かったです」
その言葉は、また丁寧な敬語に戻ってしまっていた。
今2人がいる位置とは裏腹に、まるで距離を取るかのように。
「本当にありがとうございます。レディ・マースデン」
彼は、その手で私の手を握ってくれていたのだけれど、私はその込められた熱には気づけなかった。
開きかけた口を閉じて、私は絶望と悲しみを押し隠すことに ただ ただ 必死だった。
彼の 心からだろう————感謝の言葉に
大公令嬢の微笑みを 貼りつけた。




