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その瞳を知れたなら〜令嬢と孤高の騎士〜  作者: シロクマシロウ子


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30/43

命令

 



 ザァ————ッ!と、雨が本降りになり、暗い空の狭間(はざま)では 雷の閃光までもが走り始めた。



 セシリアは、雨の様子をうかがうアレックスの背中に向かって言った。


「良かったですね。こうなる前にここに逃げ込めて。でも、よくご存知でしたね。洞窟なんて」


 彼は、大きな岩に腰をかけているセシリアに振り返った。


「前に材木が足りなくて切りにきたのが、この森なんです。森の特徴を記憶する……習性みたいなものがあるんですよ。祖父がそういう人だったので」


 エリスが前に言っていた 木こりで狩人だったという人のことだろう。


「では弓は おじいさんに教わったんですね。……凄かったです。本当に」


 褒め言葉だったが、彼は複雑な表情だった。


「軍で銃やら剣やら爆薬やらの扱いも覚えましたが、結局自分には弓が1番しっくり来る気はします。銃の方が当てにくい。ブレるから」


「それは私も 知っています」


 このセシリアの言葉には、2人共また笑った。彼女は、銃の弾は当てられなかったが、()()当てて暴発で、リーダーとおぼしきオオカミを倒したから。


「失礼します」


 笑い終えると アレックスはセシリアに歩み寄って、その足元に(ひざまず)いた。

 セシリアはなんだろうという顔で、彼の所作を見つめている。


「足を見せてください」


 その声は、洞窟内に必要以上に響いた。






           ◆◆◇◇






 その声は、私の心に必要以上に響いた。


 彼が、足をただ心配してくれているだけだと分かっている。だけれども 女性が足首を見せるのも不適切だと言われている世界に育っては、どうしたってドギマギとしてしまう。


 "どうぞ"と言って足を差し出す?


 なんだか偉そうではないかしら?王都の街中で見かける靴屋の客みたい。


 では、"どうぞ"とスカートを少し上げる?


 いやいやいやいやいやいや、これは何か……してはいけないのでは?何というか……淑女としてしてはいけないような。多分、してはいけない……気がする。


 頭の中がパニックになっていた。——わずか数秒のはずだけれど。

 動かないで待っていてくれた彼が 口を開こうとしているのを見て、私は慌てて言った。


「無理には……」

「どうぞ!どうぞどうぞ !!!」


 結局、それを言うだけで精一杯だった。

 彼に見られるのが嫌とか、そういうことではないのだから。そう誤解されてしまったら…………一番辛い。

 むしろ気遣ってもらって嬉しいのに。こうして、2人でいられて、私は楽しいのに。そう感じていることがまた問題でもあって、私は どうしたらいいか分からなくなる。


 頭の中で色々と考えている間に、彼は左足の靴紐を(ゆる)めていた。私の左足から丁寧に外履を外し、右手の上に乗せてくれているのが分かる。


 ————頬が熱くなった。あたりが暗くて助かる。とても。


 彼は左手で靴下の上から足首に触れた。

 ズキッと痛みがして、思わず身体を動かしてしまった。


「すみません。痛いんですね?骨には異常が無さそうですが、捻り具合が悪かったようです。無理せず安静にしていたら、こういうのはすぐ治りますよ。あまり痛む時には、冷やすのも効果があると言われています。————ハンカチはありますか?」


 私はうなずいて、ポケットからハンカチを取り出して渡した。アレックスはそれを広げてから2つ折りにして、三角形を作り、さらに追って平たい帯のようにする。足の裏からアキレス腱の方にまかれ、足首の前で交差させる。


「変わった巻き方なんですね」


 私が聞くと、彼は教えてくれた。


「応急処置ってヤツです。軍で習ったんですよ」


「何年いたんですか?」


「5年……くらいですね。2年間は訓練でした。後は実践を」


 5年も軍に……


「5年間も人生を捧げてくれて、この国を守っていてくれたんですね。だから、被害が少なく終戦することができた。あなたは本当に英雄です。————ありがとうございます。アレックス」


 私は心から感謝を述べた。……だけど、彼からの反応は無くて、ハンカチを巻く手すら止まってしまっていた。

 何か悪いことを言ってしまっただろうか?


 私の視線を感じたのか、彼はハンカチを再び結び始めた。でも私を見返すことはなく、そのまま話しだす。


「私は……いや、オレは ただの"人殺し "なんです」


 その衝撃の言葉に、私の表情は一変した。


「本当です。英雄なんかじゃない。あなたが思っている以上に、オレは戦場で多くの命を奪いました。そうできて、でも自分は生き残ることに、ヘドが出そうな時期もあった」


 私の中で、アレックスの父親と弟達が建築現場で亡くなった話が浮かぶ。————私が彼の過去で知っているのはそれだけ。でもきっとこの人は、数多(あまた)のむごく、不条理な死を目撃してしきたのだろう。


「軍にいたのは、戦場に最後まで残ったのは、それがオレに相応(ふさわ)しい気さえしたからです。————絶賛されていたんです。オレの、人を殺す能力が。そんな狂った人間は、狂った場所にいるべきでしょう?」


 彼の最後の言葉は、答えを求めた疑問では無かった。


「オレは英雄なんかじゃないんです。これっぽっちも。

 ————褒賞も、爵位にも、本当に……値しない人間です」


 それから、彼は私の左足を外履に戻して、紐を結えてくれた。そっ……とその足を降ろしてくれて


「終わりました」


 と告げられる。

 彼が去ろうと立ちあがろうとした時、私は呼び止めた。


「あなたの両手を見せて下さい。アレックス・セイム・インダム」


 驚きを浮かべている彼の顔を見つめて、付け加えた。


「お願いします」


 しかし、それはちっとも懇願のようでは無かった。洞窟に こだまして、まるで命令のごとく響いた。


 私は、それでいいと思った。————それでも







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― 新着の感想 ―
アレックスはずっと苦しんでたんですね…。 でもその素直な気持ちをセシリアに話せたのは、一歩前進な気がします(^^)
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