戦闘終了 そして
マナーハウスについたティナは、すぐに御者と公爵別邸に戻って捜索願いを出してもらおうと、帰ろうとした。
だが、メリーはこれに難色を示した。
「レディ・マースデンが、これまでもご両親に内緒にして午前中出てきてくれていたのは伺っております。この件が明るみになっては、私達もあなたも大変なことになるかもしれない。今は騒がすに、サー・インダムが戻られるのを まず待ってみませんか?」
ティナはすっかり取り乱していた。
「お嬢様の命がかかっているんですよ?! サー・インダムがお強くてもたった1人でしょう?とにかく、誰か沢山応援が必要なはずですよ!職人さん達でも……」
「きょうは おやすみなんだよ。それに、アレックスはつよいから ひとりでも だいじょうぶ」
ティナの前に出て、フィンが言った。
「アレックスが こうじょうに ひとりで さぐりに はいった はなしは しってる?」
セシリアから聞いたことのある、騎士爵を贈られる功績となった潜入任務だろう。ティナはうなずいた。
「オレはそこで はたらかされていたの。おやも ころされて、つれていかれて————ひどいことを いっぱいされた」
フィンはシャツをめくってお腹を出した。細い脇腹には赤い線の傷跡が無数に残っている。ティナは目を見張った。
「あそこにいたから、オレはしってるよ。アレックスは ひとりでも すごく つよいんだ」
フィンはその黒い瞳でティナを真っ直ぐ見つめて言った。
「だから しんじて まって。アレックスはレディ・マースデンを かならず たすけるよ。————オレをたすけてくれたみたいに」
◇◇◇◆◆◆◆
「アレックス!!!」
名を呼ばれた彼は振り返った。
そして、すぐにも自分に迫ってくる強敵に気づいた。だが弓はすでに傍には無い。————手元の小型ナイフのみが武器になる。
それでも、彼が負けるとは思わない。だけれど苦戦して負傷するかもしれない。
私はせめても……と願いを込めて、持っていた銃を狼に向かって投げた。
すでに役に立たない銃。それでも、オオカミの気をそらせるかもしれない。
小型の銃はクルクルと回転をしてよく飛び、オオカミの長い背中をも超えて、その頭に——当たったと思った瞬間……
パァン!!
と,弾けるような音がして、銃が爆発した!
小さいが確かに爆発の炎が出て、一瞬周囲が明るくなり、
何か部品のようなものが あたりにも飛んできている。
次に見た時には、もう最後のオカカミは横たわっていた。
口が開いていて、舌がダラリと出ている。私からは見えづらい位置だけど、多分頭が損傷しているようだ。
アレックスがオオカミの状態を確認しに来て、ポツリと呟いた。
「暴発…………」
銃の暴発のことを言っている。私はなんだかバツが悪くなった。
「そうみたい……です。……もう弾が入っていないと思いました。で、投げてみたんですけど」
彼はこちらを見ている。私は落ち着かなくて、どこにやったらいいか分からない両手の指を前で組んだ。
「射撃しても、1発も当たらなかったのに。……もう、これからは銃は投げることにするわ」
一拍おいて————
アレックスは笑い出した。
右手を額にあて、おかしくておかしくてたまらないという大笑いだった。それを見ていて、私もなんだかおかしくなった。
自分の言ったことの馬鹿らしさに気づいて。それから、彼が笑ってくれたことが嬉しかった から。
いろんなことにも 安堵した。
長く続いた笑い声が2人共おさまり、途絶えだす。やがて息を整えて微笑みだけが残る頃、アレックスと瞳があった。
彼は、一瞬 不思議な表情をした。————何かを諦めたような、観念したような。
でもそれはすぐに消えて、そして、駆けるような速足でこちらに来た。
何が起こっているのかよく分からないうちに、彼の白い服が眼前に来て長い腕が回される。広い肩幅と力強い両腕に包みこまれた。彼の声が耳元でして、息づかいまで感じる。
「良かった。……無事で……」
————眩暈がした。
立っていられないような気がして、私も腕を彼の背に伸ばした。しっかりとしがみつく。
呼応するかのように、彼も力を込めてくれたことが分かった。その ぬくもりと、心地良さ。
私は知らなかった
これだけの幸福と切望を
ただこれが あれば どこまでも強くなれる気がした
ただこれが あれば 何にでもなれる気がした
いま この瞬間
あなたが 私の全てだった————




