戦闘中
アレックスと馬に気づいたオオカミ達は、全頭が、そちらに向かい始めた。隊列とまではいかないジグザグだが、それでも横に並ぶ形となって走り出す。
数が多く、この短時間内ではリーダー格はアレックスにも見定められなかった。だが、彼は痩せた脚の遅めの個体に目を付けてその左隣りのオオカミをまず射抜いた。
馬を鼓舞して速度を、さらに上げさせ、走りの遅い最小のオオカミそのものに向かわせる。自分は、今度はその右隣りのオオカミを射抜く。
痩せたオオカミは黒馬の勢いに押され進路を曲げた。そこにそのまま滑り込む。
突破だ!
セシリアの無事が確認できるほどの距離にはなったが、今はそれ以上は近づかない。この馬はオオカミの群れを引き連れている。彼はただ馬上から叫んだ。
「動くなセシリア!そこにいろ!」
視界の端で、うなずく彼女をとらえる。あとは体を捻って後方に矢を放ち、また一頭倒した。
オオカミ達は縦一列のようになって後を追って来ていた。
アレックスは馬を旋回させて、大きく円を描くように走らせ出した。
矢を2本取り出して同時に番える。そこから、オオカミの列の最も後方の一匹を矢一本だけ発射して射抜く。弦を引き戻して、残ったもう一本でまた一匹倒した。
彼はもう一度 連射を繰り返して、さらに2匹が倒れた。
セシリアは、あっという間にオオカミ達が減らされていくことに、ただただ驚くばかりだ。
(凄い!本当に…………強い!)
オオカミ達は自分達が、" 狩られる側 " になりつつあることに気がついたようだ。列にはならず、まばらに散り始める。その動きの間にも、アレックスはまた一頭を射抜いた。
アレックスの黒い馬の左右に、オオカミ達は5、6匹ずつ分かれた。
————2方向からの攻撃が来る!——黒馬も異変に気づき いなないたがアレックスは走らせず興奮のままにした。暴れ始め、馬の前脚が高く上がる。
彼は馬の背を滑り降りて、地面に転がった。
上体を起こした時にはその右手には2本の矢があり、アレックスはそれを弓の左側と右側に分けて装備した。
前脚を上げた馬の腹に、オオカミ達が食らいつきに来る。
もう分かっていたことだったので、2本の矢の角度を調整して、近距離から同時に放った。
2匹がまた倒れ、まだ来るさらなる2匹には、立ち上がって弓そのものではらう。
致命傷には全くならないが、何頭も倒されている武器に恐れはあるようで、オオカミ達はアレックスに距離を取り出した。
反対に馬の方は寄ってきて、囮にされたことに腹を立てているかのように荒い鼻息を吹きかけてきた。
「悪かった。でも、守っただろ?」
アレックスはその鼻をなでて黒馬を落ち着かせた。
それから、ハッとする。
オオカミ達はアレックスには寄り付かなくなり、そして 代わりにもっと弱い標的へと向かっている。
————セシリアの元へ
アレックスは漆黒の立髪をつかんで再び馬に乗った。
完全に " 狩る側のもの " として————
◆
セシリアはアレックスの戦いをみていたが、残りが10匹ほどになったオオカミ達が彼から離れ出した時には、戦いの終わりを期待した。
(彼があんまり強いから,オオカミもあきらめだしたんだわ。やった…………!)
だが、彼らの脚は森ではなく、自分に向かっているようだと気づいて げんなりとなる。
銃は、3発目の後4発目を撃ったときに、もう空撃ちになったのだ。弾が切れたのだろう。
オオカミ達との距離がみるみるうちに縮まってくる。セシリアは森に逃げこむべきか迷った。
(だけど、彼は動くなと言っていた……)
戸惑っているところに声が飛んできた。
「低くなってろ!セシリア!」
声の主の姿は見えなかったけれど、とにかくしゃがんで両手で頭を押さえる。
次の瞬間にはヒュン!と矢が風を切る音がして、ドサリとオオカミがまた1匹倒れ込んできた。
横たわった獣を見ると、その左眼に矢がしっかりと食い込んでいた。
(凄い…………!!)
様々衝撃が入り混じって、セシリアは口元を片手で押さえた。そうして、彼女が縮こまっているうちに、やがてあたりは静かになった。
恐る恐る顔を上げると、アレックスが調度 馬から降りるところだった。セシリアを見て、彼はすぐに
「怪我は !?」
と聞いてきた。
(終わったんだ!アレックスが勝利した !!)
セシリアは嬉しくなって立ち上がった。そのまま彼に駆け寄りたい!が、その時に左足に痛みが走って、転んだことを思い出した。
「噛まれたりはしていないです!ただ、逃げていて転んでしまって。左足をひねりました」
アレックスはその言葉にうなずいて、
「待っていて下さい」
とだけ言って、オオカミの死体の方へ行く。————いや、その一匹はまだ息があって悶えていた。
「とどめを刺しに行くんですか?」
セシリアは"お気をつけて"と続けようとしたが、彼から戻ってきた言葉は意外なものだった。
「いたずらに苦しませても可哀想なので。楽にしてやります」
そうして、ポケットから折りたたみナイフを取り出す所作は、ひどく機械的だった。セシリアはアレックスが、悶え苦しむオオカミに安らかな死を与える姿に、戦場での彼 を見た気がした。
何匹かの狼を確認するアレックスを眺めていた時、森の茂みからガサリと音がした。
(まさか!)
振り返ると、他よりも一回り大きいような立派なオオカミが森から出てきていた。
距離が近くてセシリアは身を強張らせたが、オオカミの視線はひたすらにアレックスをとらえていた。仲間を殺傷する敵に怒りを感じているかのように、白い牙が見え、長い口からグルルルと唸鳴きが漏れる。
その白の混じった灰色の獣が彼に向かって走り出した時、セシリアは声の限りに叫んだ————
「アレックス!!!」




