行方知れず
◇登場人物紹介◇(※主要人物以外を略称にしております)
◆セシリア・フィリス・リル・マースデン
……クレイモント大公令嬢
◆ジョージ・マースデン……クレイモント大公
◆アレックス・セイム・インダム……士爵位授与の元軍人
◆エリス・スミス……16歳になったばかりの貴族令嬢
◆マイケル・ダント……アレックスと暮らす孤児。9歳
◆ミカエル・ダント…… アレックスと暮らす孤児。9歳
◆マリー・ダント…… アレックスと暮らす孤児。6歳
◆フィン・ヴェルハイム…… アレックスと暮らす孤児。5歳
◆ソフィア・モントレー…… アレックスと暮らす孤児。4歳
◆シャビリエラ・トルドー…アレックスの部下の子供。3歳
◆カーク・ソーフォーン……ラトリッジ伯爵。元中佐。
◆ロゼッタ・マドウィック
……ダリントン子爵夫人。カークの妹。セシリアの友人
◆ヴィンセント・マドウィック……ダリントン子爵。
◆ティナ・ロッド……セシリアの側仕えの1人。
◆メリー・デニー……アレックスのマナーハウスの使用人。
ティナからソフィーの姿が見当たらないと聞いて、私達の空気は一変した。
「一体どうして?」
私は近づいてきたティナに聞いたけれど、答えは別方向からした。
「シャビーとソフィーがケンカしたのよ。わたし 知ってる」
マリーがシャビーを見つめて言った。シャビーの隣りにいたエリスが しゃがみこんで、しっかりと聞く。
「シャビー、教えて。ソフィーがどこに行ったか知っているの?」
「しらない。わかんない。……だって、ソフィ…いじわるしてきた」
3歳のシャビーはおずおずと話した。
「あたしが スイセンで "けっこんしきのブーケ"をつくっていたら……サー・インダムとは けっこんできっこない!って言ってきた。だから、だから、あたち……」
シャビーは、ほとんど泣き出しそうだ。
「もうどっかいって!っていっちゃったよおぉぉ……!」
そして、泣いてしまった。エリスはシャビーを抱きしめる。私も2人の傍に行き、大切なことを尋ねた。
「シャビー、お願い。泣かないで教えて。あなたに言われてソフィーはどっちに行ったと思う?思い出せない?」
シャビーは泣きじゃくるので、私はマリーを見た。
マリーは
「ごめん。私も花かんむりを作りながら2人のケンカの声をきいただけなの。見てなかった。本当にごめんなさい」
と言った。
私は首を横に振る。
「悪くないわ。マリーも。シャビーも。でもソフィーはきっと遠くに行きすぎて、戻ってこれなくなっているのかも。探してあげないとね」
すると、シャビーはあちこちに指を差した。
「あっちとか そっちとか……たぶん むこう……」
ほとんど手がかりはない。
それでも私達は、三方向に分かれて探しだした。
◆◆
シャビーとソフィーのやりとりや、シャビーのあてにならない解答はアレックスには予想できていた。
彼は、男の子達にはすぐに指示を出していた。
「3人で小川の流れに沿って探しに行ってくれ。ただし、森には入るな」
3人はすぐさま うなずいたが、フィンはアレックスに尋ねた。
「アレックスは?どこに?」
「森に行く。────ひととおり探して見つからなければお前たちはマナーハウスに帰るんだ。オレがそう言ったと伝えて、ミス・マースデン達も必ず帰らせてくれ」
いつになく真剣な言葉に、マイケルとミカエルも
「「はい」」
と、ただ声を合わせて返事をした。
フィンは森に向かうアレックスに声をかけた。
「アレックス、ソフィーをみつけて」
彼は振り返ってフィンに言った。
「見つけるさ。────必ず」
◆
アレックスは草原と森の境目ラインまでやってきた。闇雲に入り込むのではなく、そのラインを慎重に観察する。運悪くぬかるみや土壌は無く、足跡は一切残ってはいない。
それでも スイセンが取られているのが、やがて1輪2輪と見つかった。
(ここから入って行っている)
彼は、スイセンの痕跡から確信を持って森に入った。真っ直ぐに進み、そして、思い切り呼んだ。
「ソフィー!どこだ!?探しに来たぞ!」
すると、ガサガサと音がして、草むらから声が返ってきた。
「いんだむ────っ!」
続いて、小さな身体が藪から出てきて、こちらに向かってくるのが分かった。間違いなくソフィーだ。
アレックスはホッとした。だが……
「いぬが たくさんいるの!おおきくて、こわかった……!」
と叫んだ。
それを聞いて、アレックスはすぐにしゃがみ込んだ。土の地面に耳をつける。瞳を閉じて集中した…………
────いる!それもかなりの数が。
すぐに立ち上がってソフィーを抱きかかえた。森を出ても足を緩めず走り続ける。そして、スイセン畑に向かって声の限り叫んだ。
「狼の群れがくる!みんな馬車に戻れ!」
うわぁっと、悲鳴とも何とも取れない声があちこちからして、そしてみんなが走りだした。走りながらアレックスは確認したが、フィンはミカエルとマイケルといるし、シャビーはエリスが抱いている。
だが馬車の待つ鋪道が、もうすぐそこまできている斜面でアレックスは違和感を覚えた。ティナが登って来ようとしないのだ。彼女は辺りを見回してばかりいる。
「はやく!狼の群れは10頭以上いそうだ。馬車に入って屋敷に戻った方がいい!」
「行けないです!お嬢様がいない!まだソフィー様を探してるんです!きっと」
アレックスは殴られたような衝撃を受けた。
一瞬、視界が暗くなる。
「だから戻らないと。大変です!ああ……お嬢様が……!」
ティナは斜面を降りようとしたが、アレックスに腕をとられ、そして、ソフィーを強引に渡された。
ティナは慌ててソフィーを抱き上げ、その格好のままアレックスに馬車まで連れていかれた。
馬車の扉を開いた時、やっと彼はティナに言った。
「その子を頼みます。レディ・マースデンはオレが」
ティナはアレックスを見た。彼はただうなずいて、マイケル達へ指示した。──時間が無い。
「弓と、矢をあるだけ矢筒に」
子供達はすぐ準備をした。アレックスは扉からは離れ、御者に4頭立て馬車の馬を、一頭貸してほしいと言った。
本来クレイモント公爵の馬を勝手に貸すことはできないが、アレックスは借りられないなら大公令嬢を救うのが難しくなるだけだと言い放った。
御者は慌てて馬を馬車から外した。
「なんとかお嬢様を助けてあげて下さいよ。だけど、鞍がないです」
「裸馬で乗れる」
言うが早いか、アレックスはもう その漆黒の巨体に飛び乗っていた。
マイケルとミカエルから矢筒と弓を受け取ると、彼は右腰に矢筒を装備して手綱を握る。
準備している短時間を永遠のように感じて、刹那、先刻の彼女の傷ついた茶色の瞳を思い出した。
(セシリア…………!!)
馬の腹を蹴って 眼前の斜面を一気に駆け降りた————




